第二百二十七章 てなもんや三国同舟 7.「還らずの迷宮」(その1)
『「還らずの迷宮」内に侵入者だと?』
モローにある「双子の迷宮」の内部及び外部――外部とは言っても、実質的にはダンジョンの領域であるが――の調査のため、ケイブバットとケイブラット、及びGチームに探索を命じた少し後の事、クロウは想定外の報告を受けて眉を顰めていた。探していたのは変成鉱物の筈なのに、何で侵入者など見つける事になった?
ちなみに、正確に言えば探索チームに指示していたのは、〝何か魔力的におかしなもの、および鉱床鉱脈の類〟を見つけたら報告しろというものであった。変成物質かどうかの判断は、その後現場に赴く土魔法持ちが――暫定的に――判断する。場合によっては連絡会議を介して、ドワーフに持ち込む事も検討されていた。出所を偽る必要はあるが、そのリスクは必要経費だろうと考えられていた。
ただ……この時は変成物質を発見するより先に、別のものを見つけてしまったわけである。
『……抑の話、〝侵入者〟とはどういう事だ? 迷宮のゲートは冒険者ギルドによって封鎖されている筈だろう?』
『それが……どうも正規の入口を通らずに侵入したようで……こちらも気付くのが遅れました。申し訳ありません』
『――何だと!?』
「還らずの迷宮」のダンジョンコアたるロムルスは恐縮して悄気返っているが、これは正真正銘の大問題であった。ダンジョンコアが認識していない出入り口があったというのか。
『あ、いえ――どうもケイブラットたちを外に出す時に用いた、臨時の通用口から侵入した模様です』
『人間どもに気付かれないよう、ダンジョンの裏側に開いたやつか? 感知されるのを避けるため、敢えてダンジョン化していない?』
『はい、その一つから侵入したようで……いきなり二階層へ出現したもので、こちらも後手に回る羽目に』
『う~む……』
何と間の悪い……と、渋面を作ったクロウであったが、そこでおかしな事に気付く。
『……ちょっと待て。その出入り口というのは、ケイブラットやケイブバットのためのものだったよな? 冒険者が入り込めるような広さは無かった筈だぞ?』
『はい。ですから、侵入者は年端もいかない子供でして』
『何だと!?』
〝生身の人間による「還らずの迷宮」二階層到達〟――ダンジョン側が意図的に招き入れたテオドラムの密偵チームを別にすれば史上初めてとなる、その快挙が達成された瞬間であった。
……冒険者どころか成年にも達していない一般人の少女、「迷姫」リスベットの手によって。
う~むとクロウは頭を抱えているが、報告を聞いた他の眷属たちも似たようなものである。呆然とする者、困惑する者、そして狼狽する者……
『ちょ、ちょっと待ちなさいよ、ロムルス! その子、大丈夫だったの!?』
――シャノアが動転するのも無理はない。
クロウ配下のダンジョンは何れも難攻不落を誇っているが、中でも「還らずの迷宮」と「流砂の迷宮」は勇者への復讐戦のために整備されたもので、殺意満々の罠と凶悪強力なダンジョンモンスターが待ち構える、文字どおりの魔所であったのだ。三階層に至っては、「谺の迷宮」を参考にした自動反撃システム、そこに組み入れられた自動機銃群、果ては地雷原に落とし穴、砲撃陣地などが待ち構える、全体が掛け値無しの死地となっていた。
今回は罠満載の一階層はスキップできたようだが、それにしたところで、二階層で待ち構えているダンジョンモンスターに出遭っていたら……
『あ、いえ、と言いますか……件の子供を発見したのがモンスターでして』
『はぁ? どういう事なのよ?』
どうやら変成物質の調査に協力してくれていたスケイルの採食体の一体が、迷宮内をウロウロと……と言うか、落ち着いた足取りで進む少女を目撃したらしい。基本的に出会ったものはとりあえず囓る――というのが採食体のスタンスなのであるが、この時は採食体を統括する本体が指示を出していたため、まずはスケイル本体への報告となったらしい。報告を受けた本体の方でも訝しんで、責任者であるロムルスへ判断を預けたという事であった。
『とりあえず近傍の罠を無効化した上で、ケイブバットとケイブラットに監視を続けさせていますが……どうも、斥候の類とかではなく、ただの子供が好奇心から潜り込んだようなので』
リスベットの歩いて来た痕跡を逆に辿って、侵入してきた通用口を特定したとの事である。とりあえずその通用口は閉鎖してあると言うが……




