第二百二十七章 てなもんや三国同舟 5.迷姫(まいひめ)登場
「いや……この混雑の原因が労働者たちだとすると、却って高級な宿とかでは、部屋が余っているんじゃないですか?」
成~る程、それなら……と思った一同であったが、訝しげな声を上げる者もいた。
「いや……この町に高級宿なんてもんがあったのか?」
疑わしげな異論を上げたバートに続いて、ジャンスも首を傾げる側に廻る。
「……行きがけに泊まった時にゃ気が付かなかったが……?」
「いや、最近は観光客も増えてきたという話だし、探せば無い事も無いんじゃないか?」
「けど、部屋の空きがありますかね?」
「それは……いや、その前に、問題の高級宿ってなぁどこにあるんで?」
「さぁ……」
「『休らいの息吹』亭。町から少し離れているけど、お薦め」
「成る程、『休らいの息吹』……って、誰!?」
するりと会話に割り込んできた者がいた事に驚きの声が上がるが、そこにいたのは、
「お久し振り、お兄ちゃん」
こまっしゃくれた真面目くさった様子で上品な挨拶を返してきたのは、まだ幼さの残る少女。
「あれ……お嬢ちゃんは確か……」
「リスベット。お久し振り、ボリスのお兄ちゃん」
嘗てバンクスの五月祭でボリスと出会っていたリスベット・ロイル嬢。「迷姫」久々の登場であった。
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「え~と……確かリスベットちゃんだったよね? どうしてこんなところにいるのかな?」
「あのね、シャルドっていうところを見にきたの。お父さまとお母さまはよろこんでたけど、あたしはおもしろくなかったから、ジシュテキにほかの場所をケンガクしていたの」
「……シャルドからは随分離れてるんだけど、ここ。一人で来たの?」
「ちがうの。シャルドを見たあとで、ダンジョンっていうところを見にきたの」
「あぁ……ご両親と一緒に、モローのダンジョンを見学に来たんだね。で、ダンジョンの入口を外から眺めてるのもつまらなかったから、自主的に他の場所を見学していた――と」
ボリスの任務は、一応はモルファンの一行を迎えるルートの下見であるから、当然モローの〝双子のダンジョン〟にも足を伸ばしている。冒険者ギルドから「接触非推奨」に指定されているだけあって、当然ダンジョンへの立ち入りは許可されておらず、遠くから入口を眺めるだけであった。……たったそれだけなのに、思ったよりも見学者が多く、世間には想像した以上に酔狂な茶人がいるものだと、ジャンス共々感心した憶えがある。あれなら確かに子供は退屈するだけだろう。抜け出そうと考えても無視はない。況して、この子はあの「迷姫」なのだ……
――という具合に、何やらリスベット嬢のお気に入りらしいボリスが、彼女からの事情聴取に相務めている頃、当惑している他の面々に事情を説明しているのは、嘗てバンクスの五月祭で、ボリスとともに迷姫リスベットに引き摺り廻された事のあるジャンスであった。
(「……成る程……そういう事が……」)
(「子供ながら予断を許さない相手のようですね」)
(「そういうこってさぁ。あの嬢ちゃんの言う事ぁ、額面どおりに受け取らねぇ方が賢明ですぜ。……いや、嘘吐きだって言うつもりは無ぇんですがね。何たって使用人から、〝迷姫〟なんて渾名を奉られてるぐれぇですからね」)
……という危険度評価がまだ甘かった事を、彼らは遠からず思い知る事になるのだが。
(「しかし……カイト君といったか? 君たちもマナステラ出身なんだろう? 彼女の事を耳にした事は?」)
カイトたちの出身は一応マナステラという事になっているが、それは飽くまで偽りの経歴であって、マナステラへ行った事など数える程しか無い。当然、迷姫の噂など聞いた事も無い。
しかし、姓名と経歴を偽ってはいても、冒険者としての経験を積んでいるのは事実であるから、こういう場合の腹芸顔芸の一つぐらいは無理なく熟せる。
(「こちとらしがない冒険者なんですぜ? 良いとこのお嬢さんとの接点なんかありませんて」)
(「それもそうか」)
(「ともかく――だ。あの子を放って置く訳にもいかないから、とにかくモローの町まで急ごう。一刻も早くご両親の許に送り届けないといかんだろう。……ジャンス君の言うとおりなら、ご両親はあまり心配していない可能性もあるが」)
――という次第で、一行はモローへの道を急いだのであった。




