第二百二十七章 てなもんや三国同舟 2.紡(つむ)がれる因果(その2)
イラストリアと不仲でないとは言え、緊密な通商関係を築いてこなかったモルファンにとって、イラストリアのノンヒュームたちが送り出す逸品の数々は、或る意味で高嶺の花の如きものとなっていた。
砂糖菓子やビールなどが偶さかモルファン国内に持ち込まれる事はあっても、それらは王都モルトランに届く前に辺境域で買い尽くされてしまうため、華の王都に住まうモルファンの大貴族ほど却って手に入れ難いという、皮肉な結果を生んでいたのである。
――そんなところに突如として湧き出てきたのが、イラストリアへの王族留学話である。
王族の留学ともなると、家中の者は言うに及ばず、随行員だけでも相当な数になる。そう、ノンヒューム謹製の逸品が市場に唸っている――註.モルファン視点――という、あのイラストリアへ大手を振って赴任できるのだ。
斯くして、栄えある随行員の座を得んものと、熾烈な戦いが水面下と水面上を問わず繰り広げられる仕儀となっていたのであった。
そんな最中に思いもよらず降って湧いたのが、王族の留学に先んじてイラストリアへ赴き、先方との折衝や下準備に当たるという、謂わば公使や特使に準ずる役職の派遣であった。苟もイラストリア王国の者と折衝に当たるというからには、派遣する者もそれ相応の家柄が要求される。つまりは然るべき供揃えが必要となる。
当然、その座を巡ってこれまた熾烈な争いが繰り広げられたわけだが……その間にも日時は虚しく消費されていく。
業を煮やした折衝役のカールシン卿が、面子が決まったら後から追って来いとばかりに、従者一人を連れて王都モルトランを飛び出して来た……というのが事の発端であった。
主従二人の小人数ながらも、幸いにもモルファン国内は恙無く通り抜け、ついでに道路の補修状況を報告して、ツーラの町からイラストリア王国領ノーランドに到着したところで……如何なる因果の巡り合わせか、はたまた悪魔の陰謀か、こちらも道路状況の視察任務でやって来ていた、ボリス・カーロックの一行と出会ったのであった。
妙に通じるところがあったのか、意気投合したカールシン卿から、事の次第を聞いたボリスは考え込んだ。
非常識にも従者一人だけを連れてやって来たとは言え、カールシン卿は謂わば国賓、乃至はそれに準ずる者である。話を聞いた以上、彼らを放って置くというのは、これは非常に外聞が宜しくない。況して自分は王国軍に籍を置く身、言うなれば王国の看板を背負っているのと同じである。ここは自分たちが彼らの護衛に当たるべきであろう……
本来ならこういう任務には、ノーランドに駐留している国境監視中隊から人員を抽出すべきなのであろうが……如何せん、駐留している部隊は逆さに振っても中隊規模でしかない。況して今の時期は、間近に迫ったモルファンからの王族留学に備えて、ノーランドの町でもあれこれの補修作業で持ちきりである。当然、ノーランドの治安を預かる国境監視中隊も大忙しな訳で、余剰人員を寄越せなど言い出せる雰囲気ではない。
こういった思案の果てに、ボリスはカールシン卿の護衛役を買って出たのであった。ボリスに蹤き従うジャンスたちは内心で呪詛の言葉を吐いていたが、道理はボリスの方にあると納得してもいたので、表立って反対を表明する事は無かった。
と言うか……案に相違して懸念を表明したのは、言い出しっぺの筈のボリスであった。
「いやほら、分隊長は僕の体質の事、知ってるよね?」
ボリスの微妙なトラブル体質の事なら、ジャンスは知っているどころではない。この間の五月祭では、お目付役としてボリスに同行したばっかりに、立て続けに無数の――ジャンス主観では一生分の――トラブルに見舞われるという、稀有な体験をしたのである。
その時の体験とこれまでの実績、それにこの度の護衛任務を重ね合わせると、導き出される答は一つしか無い。
「……つまり……俺たちが護衛に付くってなると、余計なトラブルを誘き寄せるって事ですかぃ?」
「うん。可能性として――だけど」
だったら、何も好きこのんで余計な面倒を背負い込む事は無かっただろうが――と、頭に血が上った様子で言い募ろうとするジャンスを軽く去なして、
「けど、そんな説明を第三者が納得してくれると思う?」
「あ……」
カールシン卿の現状に鑑みれば、護衛を付けるという方針は動かせない。そして、この場にいる中で最もその任務に向いているのが自分たちであるというのも、これは否定できない事実である。なのに妙な理屈を付けて、国賓の護衛任務を拒否したりすれば……
「……下手をすると、外交問題……って訳ですかい……」
「うん、そう」
自分たちには護衛に付く以外の選択肢は無い――と言われてみれば、ジャンスにしても憤懣はあれど納得するしか無い。
「そうするってぇと……現状で俺らが採れる打開策ってのは……」
「護衛人数の不備を言い立てて、冒険者か何かを新たな護衛に雇うくらいじゃないかな?」
――そんな結論に至ったボリス一行の前に、〝飛んで火に入る夏の虫〟とばかりにノコノコ姿を現したのが……ロトクリフでの調査を終えて、この後は〝名高い(笑)〟シャルドの「遺跡」でも見物しよう――などと暢気な相談をしていたハンスたちの一行だった訳である。
斯くして、呉越同舟ならぬ三国同舟の珍道中と相成った次第なのであった。




