挿 話 エルギンの酒場にて
ヴァザーリの影響小話その2です。
バレンやヴァザーリ――ともに亜人排斥派の町――における騒ぎの事は、ここエルギンの町にも聞こえていたが、住民たちの反応は至って冷静であった。
亜人たちに謂れのない喧嘩を吹っかけた馬鹿がやり返された、ただそれだけの事だと見ている者が――人間であると亜人であるとを問わず――大半を占めていたのである。むしろ、一般の住民への被害が少なかった事から、亜人たちは随分と手加減をしたものだと思っている人間の方が多かったかもしれない。
しかし、当のエルフや獣人たち――シルヴァの森やエドラの村以外の者――の反応は、必ずしも人間たちの反応と同じではなかったのである。
「よぉっ、クンツ、随分と時化た面で呑んでんじゃねぇか」
「ヘイグか、大きなお世話だ。お前と違って考え込む性質なもんでな」
ヘイグと呼ばれた獣人の男は空いたテーブルから椅子を引っ張ってくると、クンツというこれも獣人の男のまえに座った。
「何を考え込んでるか当ててやろうか、『鬱ぎ屋』の旦那。ヴァザーリでの一件だろう」
「当てるも何も、今のところ他に話題になってる事は無いだろう」
クンツという男は面白くもなさそうに――こういうところが「鬱ぎ屋」と呼ばれる所以だが――ぐーっとジョッキを空けた。
「違えねぇ。で? 何が気に入らねぇんだ?」
「黒幕は何者だ? その目的は? 俺たちに加勢して、どんな利益がある?」
「やれやれ、難しく考える事ぁ無ぇだろうが。誰かは知らんが、人間どもの横暴を見かねて、俺たちに少しばかり加勢してくれた、それでいいじゃねぇか」
気楽な様子で言い捨てて、ヘイグという男はぐびりぐびりと楽しむように、少しずつジョッキを傾けた。
「少しばかり、か?」
「あぁ、だって、バレン男爵の私兵は随分やられたようだが、こっちはせいぜい似非勇者が怪我をして、インチキ教会が吹っ飛んだだけだろ? バレンに較べりゃ随分ささやかじゃねぇか?」
「まぁ、そういう見方もできるか……」
クンツは新たにエールを注いだジョッキを、先ほどと同じようにぐーっと空ける。
「……しかし、相手の正体や目的が判らん事には落ち着かん。そもそも相手がエルフなのか人間なのか、それとも魔族なのかすら判らんのだ」
「……俺たちと同じ獣人って線は無しか?」
「勇者のアンデッドに聖気を纏ったスケルトンドラゴンだぞ。魔力の低い獣人が使えるような術じゃないだろう。まして死霊術となると、獣人にはまず使えんだろう」
この世界の獣人は、身体能力こそずば抜けているが、人間に較べてすら魔力が低く、魔法を使える者はごく少数である。また、獣人はエルフと同様に死の穢れというものに敏感で、死霊を使役するなどという行為には、本能に根ざした嫌悪感を抱く。死霊術を修めた獣人がいるなどとは、クンツには考えられなかった。
「その事だがな、知り合いのエルフが面白ぇ事を言っていた。ありゃぁ、死霊術とは違うんじゃねぇか、ってな」
「何だと!?」
驚愕するクンツだが、話し込んでいる二人の傍へ人間の男――身なりから見て冒険者のようだが――が近寄ってきた。
「済まんな。割り込むつもりは無かったんだが、聞き捨てならねぇ台詞が聞こえたもんでな」
新参の男はそう言って二人の傍に腰を下ろす。
「なんでぇ、バルドックか」
「『法螺吹き』バルドックもこの件にゃご執心かい?」
「ヴァザーリにいる連中にゃあ同情せんが、それとは別に興味はある。で? 『能天』ヘイグはどっからそんな話を聞き込んできた?」
「さっきも言ったようにエルフからだ。元々の出所は判らんが、エルフの間じゃ結構広まっている話らしい。で、その内容なんだがな」
ここで「能天」ヘイグと呼ばれた男は、空になったジョッキを寂しそうに眺めて言葉を切った。
「……可愛気の無ぇやつだ。ほらよ」
バルドックという男は渋い顔をして、自分が抱えてきたジョッキ――お代わり用らしくまだ口を付けてない二つのうちの一つ――をヘイグの方に滑らせた。
「遠慮無くゴチになるぜ。で、話の続きだが、ありゃ召喚術かゴーレムの魔術じゃねぇかってんだ」
「「はあ!?」」
二人の声が綺麗に重なる。驚愕する二人の顔を眺めて、ヘイグは続けた。
「特殊な召喚術の亡霊召喚だか何だかそういうので死者を呼び出して、屍体だかゴーレムだかに乗り移らせたのがあのアンデッドじゃねぇかってんだ。スケルトンドラゴンの方はもっと簡単で、単にああいう形のゴーレムを作っただけじゃねぇかって言うんだ。そもそもあれらがアンデッドだっていう確認はとれてない筈だって言うんだが」
「……そうだとすると、あのスケルトンドラゴンが聖気を帯びていた事にも説明がつく……のか?」
「ま、エルフの間じゃそんな話もあるってこった」
「……しかし、やはり黒幕の目的が不明だ。お前の話で正体として考えられる選択肢は更に広がった……。もし、万一、黒幕が何か善からぬ事を考えていた場合、俺たちもそれに巻き込まれるかもしれん……」
再び難しい顔をして考え込んだクンツを見て、二人の男は顔を見合わせた。
しかし、クンツと同じような事を考える者は、亜人の中に決して少なくはなかったのである。
明日は挿話(ヴァザーリ関連とは別です)を一つ夾んで新しい章に入ります。




