第二百二十六章 「岩窟」を巡る者たち 14.クロウ(その3)
もうこれだけでも頭の痛いクロウであったが、ここで更なる爆弾を放って寄越したのがハイファである。
『ご主人様……申し上げ……にくいのですが……魔力というなら……ご主人様の……マンションも……例外では……ないのでは……』
『あ……』
魔力のある場所を好んで成育するゲートフラッグが好調に成育しており、あまつさえクロウの従魔に進化した事を考えても、日本にあるクロウのマンションも、ダンジョン扱いされているのは間違い無い。クロウの愛車がダンジョン化しているくらいなのだ。マンションがダンジョンでなかったとしたら、寧ろそっちの方が驚きである。
一応の用心として魔力の漏出には気を配っているが、もしもマンションの壁がダンジョンの壁と同じものに変質していたら、多少の衝撃に対してもものともせずに耐えてみせる可能性が高い。それ自体は歓迎すべき事なのであるが……
(……もしも火事でマンションが焼け落ちるような事があって、俺の部屋だけ無事で焼け残っていたりしたら……)
――大変に目立つだろう事は疑い無い。
下手をすると、室内で寝ているクロウは火事に気が付きさえしなかった……などという羽目になる事すらあり得るではないか。
そのような珍事を避けるためには、不本意でもマンション全体の防火・防犯体制を見直さざるを得ないのではないか?
面倒な事になったと溜め息を吐くクロウであるが、事態に気付かずに面倒に巻き込まれるよりは数段マシだと考え直す。
とりあえず、マンションについては現地駐留組――ハイファの分体とフェイカーフラッグ(元・ゲートフラッグ)のアロム、そしてフェイカージャンパー(元・ハエトリグモ)のサルト――に警戒を頼むとして……
『ダンジョンについては……俺と何人かで鑑定をかけて廻るしか無いか……』
喫緊にして火急の案件とまではいかないにせよ、放置していていい問題ではない。魔術師のネスと魔族のダバルを巻き添えに、クロウのダンジョン巡視が決定する。
『ネス、ダバル、すまんが付き合ってもらうぞ』
『『はい』』
『精霊たちもできる限りは手伝うけど……ねぇクロウ?』
『……何だ?』
非常に嫌な予感がして聞くのが怖いのだが、それでも勇気を振り絞ってシャノアの問いを待つクロウ。
『うん、あのね。ニホンのマンションが怪しいっていうなら、こっちのダンジョンの外側だって、どうなってるか怪しいんじゃないの?』
『――!?』
平素から隠蔽に気を遣って魔力の漏出を抑えている「オドラント」や「クレヴァス」はまだしも、ダンジョンである事をアピールしている他のダンジョンでは、取り立てて魔力の漏出には配慮していない。なら、ダンジョンの外周でも何かの変成作用が生じている可能性は無いとは言えない。
『……俺たちが外を見廻る訳にはいかん。ケイブバットかケイブラットなどの小型モンスターの中で、感覚が鋭敏で人目を避け得るものを中心に、気取られない範囲で観察させろ。ダンジョンの外側に、何かおかしなものが無いかどうか』
――斯くして、小型のモンスターをダンジョン外に送り出すために、人目に付かない場所に出入り口を開口する運びとなった。
そして……これが奇妙な因果を紡ぐ切っ掛けになろうとは、神ならぬ身のクロウには知る由も無かったのであった。




