第二百二十六章 「岩窟」を巡る者たち 8.マナステラ~ドワーフたち~(その2)
マーカスとテオドラムのそれぞれが、ダンジョン内に探索隊を派遣した時の事。宝石かと見紛うような美麗な結晶を幾つか持ち帰った事があった。
目を奪われるほどの美しさでありながら、あまりにも脆くて壊れ易いため、宝石に伍するほどの資産価値は無いと判断されたが、それでも捨て去るには惜しいという事で、マーカスから価値算定の手助けを頼まれた事があったのだが……
「あの時は豪い迷惑したのぉ」
彼らドワーフの専門は基本的に金属資源であり、宝石や貴石の類は専門分野から外れている。なのに、他に専門家の当てが無いからという無茶な理由で、畑違いの鑑定を押し付けられたのだ。無茶を言うなと抗弁したいところであったが、これも浮き世の柵と諦めて、何とか分析をしてみたのだが……得られた結果は豈図らんや、
「物質自体は知っておったが、それがあんな結晶を成すとは知らなんだからのぉ……」
物質としては必ずしも稀少なものではなく、しかし件のような結晶構造をとる事は珍しく、而して安定性はそこまで高くない。何とも評価に困った挙げ句、分析結果をそのまま提出するしか無かった。報告を受けた側も困惑していたようであったが、そこまで自分たちは責任持てぬとして、さっさとズラかったのであった。
そんな卦体な代物を産するダンジョンであるからして、性質のおかしい変性鉱物の一つや二つ、転がっていてもおかしくない。テオドラムが偶然それを発見し、その有用性に気づいたという事だって無いとは言えぬ。
で、あるならば――
「マーカスの連中が立てた仮説、あり得ぬと断じる事はできまい」
「うむ。あり得る事じゃとして、対処を考えるべきじゃろうな」
「じゃが、具体的にどうするんじゃ? 儂らにせよマーカスの同胞にせよ、おいそれと『岩窟』に立ち入る訳にはいくまいが?」
何しろダンジョンの場所が場所――国境線のど真ん中――なので、マーカスもテオドラムも岩窟の全貌を公開してはいない。いや……両国ともに〝全貌〟を把握しているのかどうかは疑わしいが……少なくとも内部の様子は両国ともに機密扱いである。
そんなデリケートな場所に、幾らドワーフだからといって、いきなりフラリと訪れて立ち入れる筈も無い。
「儂らは素より、マーカスにおる連中でも、話を通すのは無理じゃろうな」
「とすると……連絡会議の方から話を持って行ってもらうか?」
「持って行くと言うて……どこにじゃ? イラストリアか?」
「いや、イラストリアを巻き込むと、テオドラムが過敏に反応するか、態度を硬化させるかもしれん。そりゃ拙かろう」
「ちゅうと……中立という事でマナステラか?」
――実際にはマナステラは、対テオドラムでイラストリアと共同歩調を取るという密約を結んでいるのだが、それはドワーフたちの関知するところではない。
「ふむ……マナステラの上層部が相手なら、儂らでも話を通し易いか」
「そうじゃな。その線でいいじゃろう」
――と、話がここまで来た時に、ドワーフの一人が何かに気づいたように懸念を表明する。
「連絡会議と言えば……この件は儂らの一存で動いては拙いんではないか? 一応は連絡会議に諮ってみねば」
「何でじゃ? エルフにしろ獣人にしろ、金属にも鍛冶にも縁は無かろうが?」
金属資源関連は、ドワーフの専管事項ではないか。エルフや獣人に相談する必要がどこにある?
「いや、そりゃそうなんじゃが……問題の場所が『災厄の岩窟』じゃろ?」
「「「「「あ……」」」」」
マーカスのドワーフたちが気づいていた事、すなわち、〝「災厄の岩窟」の黒幕が、ノンヒュームが尊敬して止まぬ偉大なる精霊術師クロウである事〟は、当然マナステラのノンヒュームも薄々気づいている。問題が未知の金属に関する事だけに興味が先走ってしまったが、ここで義理を欠くような真似をして、クロウの不興を買っては元も子も無い。
面識の無い自分たちでは、直接にクロウに話を持って行く事もできない。勢い、連絡会議に上申せざるを得ないという事になる。初動が少し遅れるかもしれぬが、
「それでも、あの御仁のご機嫌を損ねる訳にはいかんしな」
「事が『災厄の岩窟』絡みじゃろ? 連絡会議ものんびりとはできん筈じゃから、意外と直ぐに動くのではないか?」




