第二百二十六章 「岩窟」を巡る者たち 4.愚か者たちの〝金〟~商業ギルドとマーカス~
テオドラム上層部を誤解させ迷走させた「金鉱脈」であるが、その幻影に踊らされた者は他にもいた。商業ギルドである。
テオドラムからの――純朴な――問い合わせを深読みした商業ギルドが、テオドラムもしくはマーカスが「災厄の岩窟」内で金鉱脈を発見したのではないかと邪推した件については既に述べたが、ここで再びテオドラムが誤解を招くような行動に出た。それが何かというと……
「テオドラムが金相場について問い合わせてきただと?」
商業ギルドの会議室で開かれた緊急会議。
その席上で一人の役員が、興奮冷めやらぬといった体で問いを発した。
「あぁ。何気無い風を装ってはいたが、何か他意があるのは明らかだ」
「ふむ……前回の問い合わせの内容は、確か金鉱石の品位についてだったな?」
「ただの金鉱石じゃない。ダンジョン産の金鉱石の品位についてだ」
「そして今回、金の相場についてか。……これは、やはり……?」
「うむ。テオドラムはダンジョンの内部で金の鉱脈を発見した。そう考えていいだろう」
――違う。
テオドラムが金相場について問い合わせてきたのは事実だし、〝ダンジョン内の金鉱脈〟について関心を抱いているのも間違いではない。
ただしそれは、商業ギルドの面々が気にしているように、〝テオドラムがダンジョンの内部で金の鉱脈を発見した〟事を意味してはいない。
ならばどうしてそんな問い合わせを寄越したのかというと……それには実はこういう経緯があった。
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〝マーカスが金鉱脈を探しているのは間違い無いとして……実際の成果はどうなんだ? 既に鉱脈を発見したのか?〟
――前提がいきなり間違っている。
自国と隣国の認識の相違に気付いていないのだから、まぁ仕方のない事とも言えるのだが……この食い違いは決定的でもあった。
〝さて……既にかなりの人数の兵士が投入されているし、何やら鉱石らしいものを運び出したという報告も受けている〟
――運び出されたのは、湖沼鉄の鉱石見本である。
〝ただ、本格的な採掘にはまだ至っていないようだが〟
――幸か不幸か、テオドラムは過去にシュレクで鉄鉱石の採掘を行なっており、鉱山事業の実際についても無知ではない。ゆえにマーカスの行動が、本格的な採掘と言うにはまだほど遠いものである事にも気付いていた。
〝だが、マーカスとて馬鹿ではないのだ。採掘量を擬装するぐらいの事はやってのけるだろう〟
〝それもそうか。……こちらが採掘に気付いている事は明かしたくないが、それとなしの監視だけでは限界があるか〟
〝だが、国境線を越えて忍び込むような真似はできんぞ?〟
〝それは……そうだな〟
何か打開策は無いものかと――見当違いの事で無駄に――頭を悩ませる国務卿たち。
……哀れと言えば哀れである。
〝こういうのはどうだ? 商業ギルドに金相場を問い合わせるというのは?〟
〝――む?〟
〝マーカスが金を入手して、それを市場に流しているのなら、それは金相場に反映される道理だろう?〟
〝……成る程、それなら――〟
〝あぁ。試験的な採掘ではなく、本格的な採掘が稼働しているかどうかが判る〟
〝一手遅れる事にはなるが……悪くないな〟
〝うむ。見張りを厳にするよりは、マーカスのやつらにも気付かれんだろう〟
〝よし、それでいこう〟
・・・・・・・・
斯くの如き経緯から、マーカスではなく商業ギルドの関心を引くに至ったのであった。
だから……こういう誤解も生じる理由があった。
「テオドラムが金相場を確認したという事は……」
「あぁ。金の採掘量がそれなりになって、売り時を見計らっていると考えられるな」
斯くして、ありもしない〝金〟を巡る、盛大な勘違い劇が幕を開けるのであった。




