第二百二十五章 アバン探訪 16.思惑の裏目
今回は説明回です。
さて――ここで少しばかり時計の針を巻き戻して、やらかし居士のクロウが折り鶴の鑑定文を〝編集〟した際に、具体的にどういう事を行なったのかを見てみるとしよう。
最初にクロウが折り鶴――祝い鶴――を鑑定した時の結果は、以下のようなものであった。
《イワイヅル:一枚の紙を折る事によって鳥の形を造形した縁起物。形状的にはツルと呼ばれる鳥とは程遠いが、この種の伝統的な折り紙にオリヅルがあり、それに肖ってツルの名を冠したと思われる。表裏で色の異なる紙を用いる事で、本体と尾羽の部分が異なる配色になるように工夫してある。
オリガミは異世界チキュウ、就中ニホンと呼ばれる地に伝わる伝承遊芸の一つで、本来は正方形の紙一枚を折って、切る事も貼る事も無く作るものであるが、これはこちらの世界では軽銀と呼ばれる金属――異世界チキュウでアルミニウムと呼ばれる――の薄い板を折って作られている。表裏に異なる着色が為されているため、本体と尾羽の部分で配色が異なるようにできている》
このままでは異世界などという物騒な文言が鑑定者の目に入る事になる。それは何としても避けたいクロウが、憶えたての「ダンジョン属性編集」スキルを用いて、物議を醸しそうな件を削除した結果がこれである。
《一枚の紙を折る事によって鳥の形を造形した縁起物。表裏で色の異なる紙を用いる事で、本体と尾羽の部分が異なる配色になるように工夫してある。
本来は正方形の紙一枚を折って、切る事も貼る事も無く作るものであるが、これは軽銀の薄い板を折って作られている。表裏に異なる着色が為されているため、本体と尾羽の部分で配色が異なるようにできている》
一見すると簡潔で無難な説明文のように思えるが、折り紙という――この世界的に見れば――特異な技術で作られているにも拘わらず、それがどこの技術なのかについての言及が一切無く、また、軽銀という――こちらの世界では――やはり稀少な金属を、しかも薄片状に加工した素材を用いている事にも何の説明も無いという、甚だ不親切な説明文となっていた。
更に不都合な事には、もし高度な【鑑定】スキルを持つものがこれを鑑定すると、改竄の痕跡が以下のように表示されるようになっていた。
《(削除)一枚の紙を折る事によって鳥の形を造形した縁起物。(削除)表裏で色の異なる紙を用いる事で、本体と尾羽の部分が異なる配色になるように工夫してある。
(削除)本来は正方形の紙一枚を折って、切る事も貼る事も無く作るものであるが、これは(削除)軽銀(削除)の薄い板を折って作られている。表裏に異なる着色が為されているため、本体と尾羽の部分で配色が異なるようにできている》
幸か不幸かこの商人の【鑑定】スキルはそこまで高度なものではなかったが、それでも何らかの違和感は感じたらしく、頻りに首を傾げていた。
――が、確証も無い朧気な疑いを妄りに口にする事には、商人として忸怩たるものがあったらしく、鑑定文の改竄という疑念については口にする事は無かった。
鑑定結果を聞いたダールとクルシャンクも、常になく不親切な解説に些かの違和感を感じたようだが、どうせ本国へ帰って現物を提出すれば判る事だと、深く追及せずに済ませたのであった。
ただ、この――些か珍奇な――ドロップ品については軽々に口にしないようにと、商人に重ねて釘を刺す事は忘れなかった。
商人もそれは了承し、実際に「誰」が「何」を得たのかという事については口外しなかったものの、違和感の残る鑑定結果については――曖昧かつ秘匿すべき情報であると断りを入れた上で――商業ギルドにだけ伝えていた。
そのせいで、〝アバンの「迷い家」からは、時としてミステリアスなドロップ品が得られるらしい〟――という噂だけが密かに独り歩きする事になり、アバン詣でをする商人が増えてクロウが立腹する事になるのであるが……それはもう少し先の事なのであった。
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ちなみに、アバンの迷い家で正体不明の珍品を貰ったと報告した二人が、上層部から大至急帰国せよとの厳命を受けてとんぼ返りで帰国の途に就くのは、この少し後の事である。




