第二百二十五章 アバン探訪 8.迷い家問答(その1)
常に無く間怠っこしい口振りのダールに、焦れたクルシャンクが話を急かす。言いたい事があるんだったら、さっさと言え。
「いや……ここがさっきまでいた廃村と違う、それは確かだと思う。だが……〝違って〟いるのが場所だとは限らんだろう」
「……あ?」
「例えば十年前の、或いは十年後の、同じ廃村に迷い込んだのかもしれん……とは、考えられないか?」
「……はぁっっ!?」
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『おぉ……タイムスリップの可能性に思い至ったか。……この男、SF作家の素養があるかもしれんな』
職業的な興味――クロウこと烏丸良志の本職はラノベ作家――からか、そんな事をつい口走ったクロウであったが、その発言にインスパイアされたのか、キーンが何やらブツブツと呟き始める。
(『……若い男の二人組……兵士として先輩格の方にSFの素養……』)
そして――そんな呟きの内容に思うところがあったのか、
『……キーン、この二人はワイバーン乗りでも、況してセスナ機のパイロットでもないからな? 変な事を考えるなよ? (白髭のマッドサイエンティストなんか出て来たら面倒だろうが)』
『……は~い。(でも、ここまでお膳立てが揃っているのに、ちょっと残念な気も……)』
業の深いマニア同士の遣り取りに首を傾げていたものの、そんな事より二人の会話の方が重要だと、改めて耳を傾ける一同。……一部はキーンを慰める側に廻っているが。
……〝白髭の知識人なら何人か候補がいる〟――というような声が聞こえたような気もしたが……きっと気のせいに違いない。
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「……つまり何か? こかぁ何かの弾みで、別の時代と重なっちまう事があって……」
「あぁ。姿を消したという冒険者も、その時代に取り残されて帰りそびれた……と考えると、説明が付かなくもないだろう?」
「……お前の説明だと、ドロップ品とやらはどうなるんだ?」
「そこが能く解らんのだが……単にその時代の誰かが、そこに置いていたものなのかもしれん」
「……気付かずにそいつをちょろまかしちまった……って事か?」
「まぁ……我ながら苦しい説明だとは思う。ただ……この仮説を棄却すると、この場所は意図的にアバンの廃村に似せて造られたという事になって、その理由を考えなきゃならん。……ダンジョンという説明には納得できんのだろう?」
おやっと耳を欹てるクロウたち。話が佳境に入ってきた。
「ダンジョンじゃねぇ。ダンジョンってなぁダンジョンコアとダンジョンモンスターが、獲物を捕らえるために協力して作り上げた共生体だ。何も態々、こんな村みてぇな形にする必要は無ぇ」
話を続けている間にも、ダールとクルシャンクは油断無く辺りの探索に携わっている。彼らの任務は「迷い家」の調査。戯言は飽くまで二の次です。
「ダンジョンと言えば、ダンジョンマスターは付きものだろう。ダンジョンマスターの意思が関わっている場合はどうなんだ?」
ダールの台詞を耳にして、思わず前のめりになるクロウたち。だが――
「同じだ。幾らダンジョンマスターったって、ダンジョンコアやダンジョンモンスターの意向を無視してまで、村の形に執着する理由が無ぇ。村ってぇ形態が意味を持つのは、飽くまで人を相手にした時だけだ。けど、ダンジョンは別に人だけを狩ってる訳じゃねぇからな」
ダンジョンと言えば冒険者の独擅場のように思われているが、魔力に満ちた閉鎖空間に惹かれるのは、何も人だけとは限らない。そんな生き物が迷い込んで来た場合、当然ダンジョンのモンスターがこれを狩る訳で、言い換えるとそういう生き物もまた、ダンジョンにとって重要な餌な訳である。と言う事はつまり……
「……ダンジョンというのは、そういう生き物にとって入り込み易い……言い換えると、そういう生き物を誘き寄せるに都合の好い形態でないと拙い訳か」
「そういうこった。で、こういう村ってなぁ飽くまで人の目線で造られてるからな。人以外の生き物にとっちゃ、必ずしも心安らげる場所とは言えんって事だ」
「ふむ……」
「あとな、ここを訪れた商人たちは、ちゃんと無事に帰って来てるんだろ? ダンジョンならそんな手加減や斟酌はしねぇ筈だぜ」
「村の中を或る程度歩き廻った者もいるらしいが、商業ギルドで訊き込んだ話では、ちゃんと無事に帰還しているようだからな。……この点でもダンジョン説は破綻する訳か」




