第二百二十五章 アバン探訪 7.「迷い家」への招待
夕暮れを前にして屋外で野営の準備に取りかかっていたダールとクルシャンクを、唐突に湧き出した霧が取り巻いた。
「――おぃっ!」
「霧か……噂の通りなら、これが『迷い家』出現の合図の筈だが?」
屋内であると屋外であるとを問わず、瞬時にして濃密な霧に覆われる。それが迷い家出現の合図だという話であったが、
「……用心しろよ。その話は生きて帰った連中が言ってるだけだからな」
経緯は判らねど、迷い家を訪れたきり行方を絶っている冒険者がいるのも事実なのだ。先験的に安心してかかる訳にもいかないだろう。しかも腹の立つ事に、
「解っちゃいるが……こう霧が深ぇと、それこそ鼻を抓まれても判らねぇぜ」
白い闇という形容が似合いそうな深い霧が視界を遮っているため、モンスターが接近してきても察知できるかどうか。しかもこの霧、何かの阻害効果でもあるのか、物音までもが聞こえにくくなっているようだ。
「……この状況を喜べるってんだから、商人どもも肝が太ぇわな」
対して、冒険者崩れと兵士という荒事稼業の二人にしてみれば、この状況はどうにも落ち着けない。これが迷い家の霧ならいいが、テオドラムでは怪しい霧に紛れて、モンスターの襲撃が有ったとか無かったとかいう噂も聞こえてきている。ここでも同じ事態が起きないという保証は無い。
神経を磨り減らす二人の心底を慮ったかのように、その霧は立ち籠めた時と同じように唐突に晴れた。そこで二人が目にしたのは……
「……さっきと同じ景色……じゃぁないな。……家の数が増えてないか?」
「それ以前に、俺たちの荷物も焚き火も無ぇ。似ちゃあいるが別の場所だな」
野営のために火を熾し、荷物を置いて食事の用意にとりかかろうとしていた矢先である。なのに――それらの一切が跡形も無い。別の場所なのは明らかである。
実のところは霧に紛れて転移トラップを作動させ、地下にある「間の幻郷」のダンジョン階層に引き込んだのであるが……「霧」に軽い認識阻害の効果が付与してあるのが功を奏したのか、二人にもそこまでは判らなかったようである。
「同じ場所じゃねぇのに同じ場所に見えるってなぁ……こりゃ、何かの企みってやつが仄見えてくんな。ぱっと見たところじゃあ、家なんかは同じくれぇの古さに見えるが……」
耳を欹てているクロウたちの中で、よしっとばかりに小さく拳を握って、ガッツポーズをしているエメン。彼がこっちの廃屋群を手がけたのは、凡そ半年ほど前の事である。地上の廃屋群と〝同じくらいの古さ〟であろう筈が無い。
にも拘わらずそう見えたという事は、これはエメンの技術と努力の賜物であろう。彼が力瘤をこさえているのも宜なるかなと言える。
……が、クロウたちにしてみれば、仮令イラストリアの密偵にであろうとも、疑いを持たれるのは好ましくない。地上部と似せ過ぎたのが裏目に出たか――と、内心で臍を噬む思いであったが……
「……同じくらいの古さか……そう見えるか?」
「あ? 違うってのか?」
妙な顰め面で口を挟んだのは、二人組の片割れダールであった。
「……いや、何者かの思惑なり謀なりが関わっている可能性は、俺も無視できんと思う。だが……」
「だが……何だってんだ?」
「いや……自分でも変な事を言っているという自覚はあるんだが……」




