第二百二十五章 アバン探訪 5.サガンでの幕間劇(その3)
「何とまぁ……あっちはあっちでややこしい事になってんだな」
「まぁ、サガンを取り巻く状況はそんなところだろう。それよりも、肝心のアバンの様子はどうなんだ? 冒険者ギルドで訊き込んできたんだろう?」
「あぁ……ただ、そっちもなぁ……どうも一筋縄じゃいかねぇみてぇでな」
そう前置きしてクルシャンクは、サガンの町の冒険者ギルドで訊き込んできた話を開陳する。
「まずな、アバンの廃村にゃ、『迷い家』が現れる前から怪談じみた噂はあったらしい」
「ほぉ?」
「ただな、そっちはどうも眉唾っぽくてな。密輸業者が人避けのために流したデマらしいんだわ。取っ捕まった小麦商人がそう言ってるそうでな」
「だが……実際に『迷い家』が現れた事で、笑い飛ばす訳にもいかなくなったというところか」
「あぁ。ただな、密輸業者の一味の方は、『迷い家』についちゃ何も供述してねぇんだわ。そこがちと悩みどころなんだがな」
「……続けてくれ」
「おぅ。『迷い家』初報告の件は、お前も知ってるだろうから省くぜ? 冒険者ギルドがアバンに注意を向けたなぁ、あそこで何人かの冒険者が行方を絶ったらしいって噂が出始めてからだ」
「……詳しく話せ」
クルシャンクがそこで話したのは、既に読者諸賢はご存じの内容であった。そしてその流れから、ギルドが「迷い家」の事を〝敵対的な行動を採るものには容赦しない存在〟と見做している事や、「迷い家」が偶に異世界のダンジョンと繋がる可能性についても説明したのである。当然ながらこれらの仮説は相棒のダールを唸らせる結果となったのだが、それはクルシャンクの責任ではない。
「――とまぁ、冒険者ギルドはそんなところだが、商業ギルドの方はどうだったんだ? そっちはお前の担当だったよな?」
「あぁ。冒険者ギルドとは、まるで反応が違っていたな。少なくとも商業ギルドでは、『迷い家』を危険視する声は聞かれなかった。……欲を掻き過ぎて失敗したという話はあったがな」
「失敗だぁ?」
ダールが話したのは、二番目に「間の幻郷」を訪れた商人の話であった。正規のドロップ品を回収しただけでは飽き足らず、他にめぼしいものは無いかと屋内を荒らし始め、クロウの怒りを買って蹴り出された厚かまし屋の事である。まぁその後にも、椅子やテーブルを持ち出そうとした業突く張り――こっちは冒険者――もいたのであるが。
「もう一つ。『迷い家』が現れない事に業を煮やして、長滞陣を決め込んだ商人もいたらしいが……この時は二週間の間『迷い家』は現れず、商人が根負けして立ち去ったその日の晩に現れて、子供に菓子を振る舞ったそうだ」
「……いい性格してやがんな、『迷い家』ってやつぁ……」
「その後も長逗留を決め込んだ商人は何人かいたようだが、その手のやつがいる間は決して『迷い家』は現れないそうでな。他の商人の不興を買って追い出されたという話だ。これは『迷い家』目当てでなくて、商人たちに食物を売ろうとした者についても同じらしい」
「はぁ……ややこしい話になってきたな」
「もう一つ。アバンの廃村に滞在している人数が多いと、『迷い家』は姿を現さんそうだ」
眉間に皺を寄せながらダールの説明を聞いていたクルシャンクであったが、やがてその意味するところが理解できたらしい。
「……てぇ事ぁ……」
「あぁ。今後アバンが村として再興する事は無い……そういう風にオチが付いているようだな。少なくとも商業ギルドの中では」
互いに持ち寄った情報を照合して、う~むと腕組みする二人。まだまだ全容の解明には程遠いが、予備調査の結果としてはこんなものだろう。
「あとは……現地に行って調べるしか無ぇ訳だが……」
「商人はともかく、冒険者に被害が出ているというのがなぁ……」
「まぁ、無茶な真似をやらかさなけりゃ大丈夫だたぁ思うが……」
思慮の足りない脳筋馬鹿と偶さか一緒になったりして、迸りを喰らうような事になるのは避けたい。どこぞの商人の護衛を請け負うのが無難だろうが、
「問題はなぁ……その場合、俺たちもテオドラムに入国しなきゃならん訳だろ?」
一応冒険者カードを持っているとは言え、叩けば埃の出る身である。仮想敵国テオドラムへの潜入などは遠慮したい。
「……物見遊山で見物に寄った……てぇ事で押し通すしか無ぇか?」
「そんなところだろうな」




