第二百二十五章 アバン探訪 1.不本意な辻褄(その1)
俗諺に〝風が吹けば桶屋が儲かる〟などと言うが、或る出来事が巡り巡って予想外のところに予想外の影響をもたらす事がある。目下クロウが陥っている境遇こそが、まさにその諺を体現したものであった。
『なぜ「間の幻郷」のドロップ品が不足したりするんだ!?』
――種明かしをすれば単純な事である。
シェイカーの討伐を如何ならんと見守っていた行商人たちが、討伐が散々な失敗に終わったと聞いて、カラニガンからテオドラムに入るルートに見切りを付けたのである。
代わって活況を呈したのがアバンルート。
何しろこちらには、運が好ければ「迷い家」に出会えて、お値打ち品を手にする機会が与えられるというオプションが付いている。会えるかどうかは運次第であるが、外れたからと言って罰則や罰ゲームがある訳ではない。ついでにテオドラムで一商売済ませれば、帰りにもう一度挑戦する機会があるではないか。
斯くの如く、欲得尽くの連中――商人は大なり小なりそう――がこちらのルートに群がった結果……
『……ドロップ品が払底したという訳か……』
『はぁ……某もこういう事態は予想しておりませんで……』
アバンの廃村が活況を呈した――普通なら起こらない事態である――結果、運好く「迷い家」こと「間の幻郷」に巡り会える者も増え、結果としてドロップ品が品薄となってきたのである。元を辿ればシェイカーの活躍が原因なのだから、これはクロウの自業自得だと言える。尤も、廃村を訪れる行商人たちが増えた事で、彼らの雑談を盗聴しての情報収集の機会も増えたので、必ずしも不利益とばかりは言えないのであるが。
ちなみに、廃村で暴れた冒険者が悉く行方を絶っているという噂が広まったせいか、乱暴狼藉は無論の事、廃村を襲おうとする盗賊なども鳴りを潜めていた。それがまた廃村ルートの安全性を宣伝する事になり、訪れる者が増えるという結果になっているのであるが。
『まぁ、ドロップ品の候補自体には不自由していないのでございますが……』
『迂闊なものを渡す訳にはいかんというのがな……』
元々ここの〝迷い家〟は、サルベージの結果貯まりまくったアレコレを処理する場として設けられた。ゆえにドロップとしてはサルベージ品を流せばそれでよかった筈なのだが……
『妙なタイミングでイラストリアのやつらが、食器なんか要求してきたからな……』
クロウが沈没船から引き上げた「お宝」は多岐に亘っているが、中でも多かったのは陶磁器の類である。そこそこ高価に取引できる上に、絵画や彫刻などよりも顧客を選ばないのが好まれたらしい。それなら衣類などでもよさそうだし、実際にそれらも運ばれてはいたようだが、如何せん長の年月を海中で過ごした後では、跡形も無く腐蝕分解されている。
結果として、サルベージ品のかなりの部分を食器や陶磁器の類が占めており、それらを捌くのに「間の幻郷」は恰好の隠れ蓑であったのだが……モルファンからの申し出を受けて慌てたイラストリア当局が、ノンヒュームたちに「サルベージ品の食器」を融通してもらえないかと打診したのが食い違いの始まり。場所塞ぎの食器類が片付くのならと気安くOKしたのであったが、当然ながらその際に食器の見本をイラストリア側に見せる事になり……
『下手なものをドロップさせると、〝ノンヒュームが持っているサルベージ品〟との類似が取り沙汰されるって訳ね』
『「間の幻郷」とノンヒュームは無関係って事になってるからな。ここでその前提に疑いを持たれる訳にはいかん』
手持ちのドロップ品候補が一気に使えなくなり、「間の幻郷」のドロップ品が心細くなったというのが、ここまでの流れなのであった。
『まぁ……食器以外の装身具なども幾らか回収してあるから、暫くはそれで凌げるだろうが……』
遠からずドロップ品に事欠く日が来るのは目に見えている。その時になって慌てないために、今のうちから対策を講じておく必要がある。




