第二百二十四章 混沌、イスラファン 24.モルファン~シュライフェンの波紋~
ヤルタ教とイスラファンの商人から的外れな濡れ衣を着せられているモルファンであるが、こっちはこっちでおかしな事になろうとしていた。原因となったのはシュライフェン、そこに現れたヤルタ教の密偵である。
新型帆船建造の鍵を握る船大工を首尾好くモルファンにリクルートした後も、モルファンの密偵はシュライフェンに残って諜報の網を張っていた。彼らにしてみれば、母国と船大工の交渉の最中に、横から割り込むような真似をした無礼者の正体を知りたかったのである。
用心深い相手で苦労はしたが、そこは手練れ揃いのモルファン情報部、どうにかその正体を突き止める事に成功したのだが……
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「ヤルタ教だと?」
「何でまたあの連中がしゃしゃり出て来たのだ?」
「まだテオドラムと言われた方が納得できるぞ?」
情報部の報告に困惑の視線を返す国務卿たちであったが、理由が解らず困惑しているのは情報部の方も同じである。
「現時点ではその理由までは判っておらん。と言うか、理由についてはシュライフェンで探れるようなものでもあるまい」
それもそうかと納得する一同。シュライフェンにいるのは、飽くまで現地での実働部隊。決定を下した責任者は、別の場所にいると考えるのが自然である。
「ただ……それでも気になる事は掴んできた」
「ほぅ?」
「聞こうか」
「うむ。……ヤルタ教の密偵だが、シュライフェンには飛竜で直接乗り込んで来たらしい。無論、民間の乗り合い便だがな」
情報の意味するところが国務卿たちの頭に染み込むのには、少しばかりの時間を要した。
「……沿岸国を調べ廻っていた者が、偶々シュライフェンを訪れた訳ではない……最初からシュライフェンに目星を付けて乗り込んで来たと?」
「態々飛竜便まで使ったところを見ると、そう判断するのが妥当だろう」
成る程。これは少々気になる話だ。
船大工の話は別に秘密な訳ではないが、だとしてもそこまで広く流布しているとも思えない。ヤルタ教はどこでこの話を訊き込んだのか。
「いや……それより気になるのは、ヤルタ教がなぜこの件に関心を抱いたのかだ」
「確かに、おかしな取り合わせだ」
ヤルタ教は近年急速に勢力を拡大した新興宗教であるが、その勢いは現在沈滞気味である。そんなヤルタ教が、なぜ新型帆船などに興味を示す? しかも飛竜便で慌てて乗り付けるほどに。ノンヒュームを敵に廻した事で陸上での布教は難しいと判断し、海外へ進出しようとでもいうのか?
「……馬鹿な。素人がそう簡単に航海術を身に着けられるものか」
「沿岸国の住人にも、ヤルタ教の信者がいるのかもしれんぞ?」
「その可能性は否定できんが……だとしても、いきなり外洋船を手に入れようとするか?
」
「向こうには切羽詰まっている理由があるのかもしれんが……」
ヤルタ教の意図が読めずに困惑する国務卿たちだが……当然である。
ヤルタ教は新型船の情報を聞いて乗り込んで来たのではない。シュライフェンに何かあるのではないかと勘繰ってやって来たところが、新型船の情報にぶち当たったのである。因果関係を逆に見ている訳だから、これでヤルタ教の思惑が読めれば、そちらの方が異常である。
――だから……こんな事を言い出す者も現れた。
「いや……もう一つ可能性が無い訳ではない」
「ほぉ?」
「聞かせてもらおうか」
話の続きを促された国務卿は、暫し考えた後に口を開く。
「ヤルタ教は高性能な新型船が必要なのではなくて、どこが新型船に食指を動かすか……それを見極めようとしていたのかもしれん」
「何?」
「……なぜ、そんな事をする?」
「幾つもの推論と飛躍、ついでに想像の上に立てられた仮説だぞ? まず、噂の幽霊船は、ノンヒュームたちのサルベージと無関係ではないと仮定する」
「まぁ……妥当な仮定だな」
「ありがとう。そうすると……ノンヒュームたちのサルベージなり外洋航行なりに対抗するには、幽霊船と同等以上の性能を持つ船が必要という事になる」
居並ぶ面々の顔に理解と同意の色が浮かんだのを見て、話し手は先を続ける。
「つまり……ノンヒュームたちに対抗しようとする者は、必然的にこの高性能船に手を伸ばす……ヤルタ教がそう考えたとしたら?」
この指摘は一同にとっても予想外であったらしい。暫しの沈黙の後に、国務卿の一人が呟くように口を開く。
「……ヤルタ教にとって、ノンヒュームは目の上のたん瘤とも言える相手だ。そのノンヒュームと競合しそうな、或いは雌雄を決しようとしている者を、判別しようというのか」
「……関わると面倒な話になりそうだな……」
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この後、ヤルタ教はバトラの使徒とモルファンとの協力の如何について探ろうとし、モルファンはそれをヤルタ教からの秋波だと勘違いする事で、事態がおかしな方向に縺れていくのであるが……それはまた別の話になる。




