第二百二十四章 混沌、イスラファン 22.ヤシュリクの一画~商人たち~(その1)
ヤルタ教から妙な濡れ衣を着せられる事になったモルファンであるが……実は、モルファンの動きに神経を尖らせている者は他にもいた。イスラファンの商人たちである。
ここヤシュリクの一画には、そんな商人たちの幾人かが集まっていた。
「モルファンがイラストリアへ秋波を送っているようだが……」
モルファンがイラストリアへ王族を留学させるという噂は、ここイスラファンの商人たちの耳にも届いていた。だが、彼らとてその事自体に文句を言うつもりは無い。
彼らが気にしているのは、この件に関してモルファン側から事前に一言の連絡も無かったという事である。
「モルファンはこの件に関して、我々を蚊帳の外に置くつもりらしい」
「商業ギルドを意図的に閉め出したという事か……」
事はモルファンとイラストリアの間の国交問題であり、商業ギルドが口を挟む筋合いではないのだが、王族の留学ともなると、そこに多くの商機が生まれる筈である。それに関与できなかったという事は、商人として鼎の軽重を問われるにも等しい……と、彼らは思っていた。
そして、その思うところは斜め方向に伸びて行く。
「……という事は……」
「――という事は?」
「モルファンとイラストリアの間に、何か商取引に関わる動きがある筈だ」
「成る程……道理というやつだな」
――違う。
モルファンはこのところ過激な動き――ノンヒュームのサルベージ活動に託けてイラストリアを恫喝しようとしたりとか――に走りがちなイスラファンの商業ギルドを警戒して、余計な情報を漏らさなかっただけだ。連中がおかしな方向にヒートアップして、両国の友好関係に水をさすような事があっては一大事ではないか。
ちなみに、モルファンはイスラファンの商業ギルドに直接伝えていないだけで、イスラファンの国王府にはちゃんと通達を送っている。……商業ギルドの跳ね返りっぷりを指摘するのも忘れずに。
しかし、そういった裏事情を知らない商人たちにしてみれば、これは自分たちへの裏切り行為にも等しく思われたのである。……念のために言っておくと、モルファン国王府とイスラファン商業ギルドとの間には、何の盟約も存在しない。
「商取引か……だがまぁ、モルファン――特に中央部――はノンヒューム製品の入手に失敗し続けているからな。直接の取引を欲したとしても、別に不思議は無いだろう?」
「だが、それをなぜ我らに秘密にする? 古酒も砂糖菓子も『幻の革』も、既に天下に知れ渡っているのだ。今更秘密の取引でもないだろう」
「……そう言われると、確かにおかしいか……」
「つまりだ。モルファンが我々に内密にイラストリアと、或いはノンヒュームと取引を画策しているというのなら、その内容は何かという話になる」
「むぅ……」
「確かに……」
……言っておくが、現時点でモルファンはイラストリアにもノンヒュームにも、取引を持ちかけたりはしていない。将来の事を考えて、友誼を結ぼうとしているだけである。
「……その取引の内容に、心当たりがありそうな口調だな?」
「心当たりという程のものではないが、気になっている事はある」
「……聞かせてもらおうか」
「うむ。……耳敏い諸君らの事だ、シュライフェンの船大工が新型帆船を造ろうとしていた事は知っているだろうが……その船大工が姿を消したのは知っているか?」
「何だと!?」
投げ込まれたのは爆弾案件で――しかも盛大な誤爆であった。
「……モルファンはノンヒュームと、新型船の設計に関して取引したと言うのか?」
「ノンヒュームからの設計情報だけでは心許無いと見て、船大工を勧誘して自力開発の道も残したか」
「いや……ノンヒュームとの交渉の上で、強気に出られるのを嫌ったのかもしれん」
「待て待て、船大工を勧誘したところをみると、船の設計だけではなく、新しい航路の情報を得たのだとも考えられる」
「従来の船では辿り着くのが難しい場所だと?」
「ぼくたちのマヨヒガ」、本日21時頃更新の予定です。宜しければご笑覧下さい。




