第二百二十四章 混沌、イスラファン 21.シュライフェンからの報告~ハラド助祭の迷走 第二幕~(その2)
手の者の調べたところでは。船大工の件は既に住民の知るところとなっていた。黒幕が……はっきり言ってしまえば「バトラの使徒」が、この事を知らなかったとは思えない。
「……少なくとも自分なら、ベジン村で陽動が必要になった時点で手仕舞いを考える。なのに今まで生かしておいた理由は何だ?」
気付かなかったなどとは思えない以上、何らかの目的があって放置していたという事になる。という事は……餌として泳がせておいたのか?
「いや、しかし……だとしても、誰が引っ掛かるのを狙っていたというのだ?」
こちらの調査では、それらしい者の存在は浮かんでこなかった。
強いて言うなら、餌に食い付いたのは自分たちという事になるが……どう考えても自分たちを狙ったものとは思えない。それなら船大工を不自然に消す理由が無いではないか。百歩譲って、これが自分たちに対する警告か何かだとしても、あまりにも迂遠に過ぎないか?
……どうもおかしい。これは、最初の想定が間違っていたか?
つまり……狙いは口封じではなくて、素直に新型帆船を、もしくはその技術を欲しがっていたというのか?
「……しかし……その場合も、〝なぜ今になって〟という疑問は消えん……いや!」
……この船大工そのものが、実は何者かが使徒どもに対して仕掛けた餌だとしたら?
仮に実際はそうでなくても、使徒どもがそれを危惧していたのなら、今の時期まで動きを見せなかった事も説明が付くか?
我々が船大工に接触したのを見て、思い切って動き出したという訳か。これなら全てに説明が付……いや待て……
「……そうすると、ベジン村の件はどうなる?」
あんな騒ぎを引き起こすのは余人には無理だ。黒幕はバトラの使徒の筈。
と、すると……使徒どもは我々の目をベジン村に引き付けておいて、その隙を衝いて船大工に接触した……話が大袈裟に過ぎないか?
そこまでの事をしておきながら、結局は船大工の存在を隠し果せていないというのは……
「……どうもおかしい……」
どういう想定を立ててみても、使徒たちの動きが不自然になる。一旦は途方に暮れた助祭であったが、
「……いや、逆か? 使徒どもの動きが不自然でないような状況を考えればいい訳か?」
ここで助祭は前提を引っ繰り返してみる事にした。船大工こそが使徒どもの仕掛けた餌……という事はあり得るだろうか?
ベジン村での件が陽動という可能性はそのままだとすると……そこまでして使徒どもが釣り上げたい相手というのは……誰だ?
――考えろ! 高性能な新式帆船をどこよりも欲しているのは誰だ? バトラの使徒がこうまでして誼を通じたいと思うのは誰だ?
「……モルファン……か?」
推論の過程は見事なまでに的外れなのだが、モルファンが関与しているというその一点においてだけは正鵠を射ていた。中途半端に真相を言い当てている分だけ厄介なのだが、当の本人はそれに気付いていなかったのであった。




