第二百二十四章 混沌、イスラファン 18.ダールとクルシャンク
コミカライズ版「従魔とつくる異世界ダンジョン」二巻、本日発売の予定です。
この辺で少し時系列を遡って、上司からてんこ盛りの仕事を押し付けられて中っ腹の二人、イラストリア第一大隊のダールとクルシャンクのその後について眺めておこう。
上司たるウォーレン卿から魔導通信機で、①テオドラムの商人がヴォルダバンに持ち込んだというマナステラの贋金貨について、②カラニガン~テオドラム間の街道を封鎖しているという謎の集団「シェイカー」について、③アバンの廃村に現れたという「迷い家」について――と、三つもの調査を押し付けられた二人であったが……実はカラニガンに到着後、ほぼ直ぐに討伐隊に参加したので、碌に訊き込みをする暇も無かった。まぁその分、「シェイカー」についての噂話だけは仕入れる事ができたのだが。
討伐作戦が失敗に終わった後、二人は改めて、しかし然り気無く訊き込みを再開した訳だが、これは少しも難しくはなかった。と言うか、ちょっと酒場へ足を伸ばして、そこで管を巻いている相手に少し水を向けるだけで、面白いように話が聞けるのであった。
まぁ大抵は愚痴であるのだが、愚痴というのは要するに〝不本意な、しかし自分の力ではどうにもならない事態に対する不満の、非生産的な表明〟であるからして、そういった愚痴を繋げていけば、〝不本意な状況〟というものの実態が見えてくる。つまり、「シェイカー」がどこにどのような形で悪影響を及ぼしているのかが明らかになるのであった。
・・・・・・・・・・
「カラニガンの商人の中でもテオドラムと取引していた連中は、軒並みババを引く羽目になっちまってるみてぇだな」
宿屋の一室で相棒のダールに話しかけたのは、このところの訊き込みでご機嫌のクルシャンクである。彼の熱心にして身を張った訊き込み(笑)の甲斐あって、ここまでの調査でそこそこの情報が集まっていた。
「街道封鎖の影響か? しかし、大半の商人たちには大きな影響は無いみたいじゃないか」
「まぁなぁ……テオドラムへの街道っつっても、こっちゃ山間を抜けてく間道みてぇなもんだってぇからな。元々通行量は多くなかったみてぇだし」
「主要な街道は東側の方か? ……サガンの町からアバンの廃村を抜けて行くんだったな」
「それそれ、目下話題の中心となってる『迷い家』のアバンだ。……まぁ、こっちも調査を仰せつかってるんだけどな……」
「ぼやくな。どうせアバンに関しては、ここよりサガンの町での方が収穫も多い筈だ。そんな事より、今までに訊き込んだ内容を纏めるぞ」
「へぃへぃ……この前にも話したとおり、この町でテオドラムとの直接取引のあった商人どもは、軒並み商売上がったりになっちまってる。ま、そこは連中も損切りに動いて、他方面との取引を増やしてるみてぇだけどな」
「そこまでの損はしていないという事か?」
「まぁな。けど、今までボロい儲けだったテオドラム糖の取引がこのままポシャりそうだってんで、不満を持つ連中も多いみてぇだな」
「その話はこっちでも確認できてる。冒険者ギルドに再度の討伐を依頼しようとしているようだが、ギルドが首を縦に振らんそうだ」
「まぁなぁ……何の成果も無しで、あんだけ犠牲者が出ちまってりゃなぁ……」
何しろカラニガンの商人たちの算定では、「シェイカー」は最低でも二個小隊、下手をすれば中隊規模の戦力を有している事になっている。そんな物騒な相手にカチ込みをかますなど、どこのだれが引き受けるというのだ。自動反撃システムと「戦闘員」たちの実地試験が不首尾に終わったクロウの方は、雪辱を期して再度の討伐隊派遣を待ち構えているようだが、現状では空振りになりそうな気配が濃厚である。
「……続けるぜ。カラニガンでの取引がおシャカになりそうだってんで、サガン経由での砂糖の取引が増えてるみてぇだ。ついでに他の取引もな」
「……『迷い家』での一攫千金を狙う連中が、サガンに集まっているというのか?」
「こっちで訊き込んだところじゃな。ま、詳しい事ぁ現場に行ってみりゃ判んだろ」
「……こういう時に冒険者の肩書きは便利だな。町の様子を訊き込んでも怪しまれない」
どこの街道筋が賑わっているのか、すなわち景気の好い稼ぎ場はどこなのかは、冒険者にとっても重要な情報である。ゆえに、その手のネタを訊き込みにかかっても、不審に思われる事は無かったりする。
「まぁな。そんで、昨夜飲みに付き合った商人から聞いたんだけどよ……テオドラム相手の取引のために用意した貝殻が捌けなくて、困ってるんだとよ」
「……貝殻?」
「あぁ、貝殻だ。テオドラムの説明じゃ、土壌改良に使うって話だが、な」
「……違うと言うのか?」
「知ってたか? 砂糖の精製にゃ貝殻を使うんだとよ。俺も昨夜初めて知ったんだけどな」
カイトたちが旅立ち早々に出会ったアムルファンの商人・カザンがそういう話をしていた事を、読者は憶えておいでだろうか? クルシャンクもここカラニガンで、同じようなネタを訊き込んできたらしい。
「砂糖の精製……今より品質を高めようとしているという事か?」
「ま、ノンヒュームたちが上質の砂糖を、これでもかって安値で売ってるそうだからな。テオドラムとしても対抗上、少しでも品質を上げなきゃならんのだろうよ」
「だが……ノンヒュームたちへの対抗と言うなら、その分の手間賃を売値に乗せる事はできん筈だぞ? テオドラムには逆風が続く事になるな」
「ま、元々テオドラムの砂糖の値段はぼったくりだって話だかんな。多少の手間暇は屁でもねぇんだろうよ」
テオドラムへの軽い誹りで商取引の話にけりを付け、続いて俎上に上ったのは、マナステラの贋金貨の件であった。その正体は、嘗てクロウが決済用にと、エメンに命じて造らせた私鋳金貨である。マナステラに損害を与えるつもりの無かったクロウは、本物と較べても遜色の無い品位で「贋金貨」を造らせており、それがために却って各方面の困惑を招く結果になっていたのである。
しかも、クロウが地金として用意した「ピット」地下の金鉱脈は、夾雑物の成分に特徴があった。「ピット」の金鉱脈は、嘗てテオドラムが盗掘し尽くして、自国の金貨鋳造に使用した経緯がある。そのせいでクロウが造らせた「贋金貨」も、テオドラムの旧金貨と同じ成分を持つ事になり、関係各位の困惑を一層深めていたのであった。
尤も、この地金成分の共通点については、その事実を発見した商業ギルドも厳重な秘匿を決め込んでいるため、ダールやクルシャンクの調査にも引っかかってはこなかった。
「――んで、商業ギルドの方は相変わらずかよ?」
「あぁ。相変わらずガードが堅い。『マナステラの贋金貨』については、これまで聞いた噂以上の事は出回っていないようだ。……一つを除いてな」
「へぇ……何か掘り出しものがあったって事か?」
「まぁな。大した事じゃないんだが……問題の『マナステラの贋金貨』、テオドラムの商人以外からは見つかってないそうだ」
「……また……地味に物議を醸しそうなネタだな」




