第二百二十四章 混沌、イスラファン 17.冒険者たち(その2)
『何てこった……あの件がここに尾を引いてくるのか……』
『どっちも関わってるのはクロウよね?』
『関わっているというだけだ! 内容も規模もまるで違うだろうが!』
『まぁ、確かにどっちも〝モンスターの群れが現れて消えた〟という点では共通してますけどねぇ……』
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「こきゃあがれ。三百年ものの名うてのダンジョンと、村のパン焼き窯が同じかよ」
――そうだそうだと、地下で密かに同意のエールを送るクロウたち。
「まぁなぁ……どっから見てもこじつけっぽいなぁ明らかだよなぁ……」
「怪異の正体が何なのかは判らねぇが、そりゃダンジョンとは無関係って事じゃねぇのか」
「待てよ、幻覚って話も出てなかったか?」
スケイルの件は何かの幻覚ではないのか、そういう魔道具でも仕込まれていたのではないかという意見が一時は大勢を占めつつあったのだが……
「いや、今回新しく掘り出してきたネタがあったろう」
「あぁ、パンの焼ける匂いがしなかったってやつか」
「長時間火を焚いてたくせに、窯が熱くなってなかった――ってのもあったな」
「今まで拾い上げられてこなかったやつな。村の連中も、そこまで重要だとは思ってなかったみてぇだし」
パン焼き窯に加えた筈の熱がどこかへ消えていたとするなら、これはパンの焼ける匂いがしなかったのも道理である。しかしそうすると、パン焼き窯に何らかの異変が起こっていたのは疑いようが無いという事になる。地下トンネルで頭を抱えるクロウたち。
「それまで幻覚で押し通そうとすると……」
視覚・嗅覚・皮膚覚という複数の異なる感覚を同時に、それもそれぞれ異なるタイミングと内容で欺くとなると、これは単一の魔道具には難しい。仮に可能であったとしても、使い捨てるには高価なものになるだろう。複数の魔道具を用いたとしても、費用対効果の釣り合いが取れないのは同じである。
「――で、幻覚じゃねぇって事になると、『スタンピード』の前にパン焼き窯に異変が起きてたのも事実って事になるわけか」
「……言われてみりゃ確かに、〝加えられた攻撃を無効化する〟ってなぁ、ダンジョン壁の特性だよな……」
「ギルドもそれで頭を抱えてるって訳か……」
地下の諜報トンネルで聴き耳を立てているクロウたちも、唖然とした表情を禁じ得ていない。
確かに、あのパン焼き窯を一時的にダンジョン化したのはクロウだが、その後は可及的速やかにダンジョン化を解除して、ウィスプによる魔力残渣の清掃まで行なっている。露見する虞は無いと思っていたが……まさかこんな形の落とし穴があろうとは……
「ま、とにかく俺たちとしては、ダンジョンの有無だけを気にしてりゃいい訳だ」
「……だな。頭を悩ませるのは俺たちの仕事じゃねぇ」
「この村にゃダンジョンは無かった。それでいいって事だわな」
――とばかりに、判断は冒険者ギルドとイスラファン上層部に丸投げする気が満々であった。まぁ、匂いと熱の件はきっちり報告するようであったが。
「そう言やぁ村の連中は、パン焼き窯の再建費用をヤルタ教に請求してるって話だな」
「あぁ、それだけじゃねぇ。『スタンピード(仮)』が出て来たパン焼き窯だってんで、村の名物にして客寄せに使うつもりらしいぜ?」
「強かな連中だよなぁ」
「全くだ」
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『……とりあえず……ダンジョンは無いという……結論に……なるようですが……』
『疑念を持たれそうなネタが残った訳だ。……何か手立てを考える必要があるな』




