第二百二十四章 混沌、イスラファン 16.冒険者たち(その1)
ベジン村での調査を終えた冒険者たちは、その足でガット村へ向かおうとしていた。
休む間も無く調査に向かうという冒険者たちに村人は呆れたが、その理由が〝一刻も早くダンジョンの有無を明らかにし、ナイハルからヤシュリクに至る街道を以前の賑わいに戻す〟事にあると知ると、一転して彼らへの協力を申し出た。何しろベジン村はその街道筋にあるのだからして、街道の盛衰は彼らにとっても他人事ではなかったのである。
ベジン村から借り出した馬に乗り、村人の案内で間道を抜ける事三日。冒険者たちはガット村へと辿り着いていた。
そして――その村の地下ではクロウたちが、諜報トンネルを通して聞こえてくる冒険者たちの会話に、しっかりと耳を澄ませていたのであった。
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「――どうだぁ?」
「あ~……こっちゃ外れだな。ダンジョンの反応なんざ、影も形も無ぇやな」
「そっちもかよ。……あぁ、こっちも同じだ。探知機のやつ、ピクリとも反応しやがらねぇ」
「ベジン村に続いてこっちも反応無し。……てぇ事ぁ、こりゃやっぱしダンジョンの仕業じゃねぇんじゃねぇか?」
「そういうこったろうな」
……などと話しているのはイスラファン上層部――と、ヤシュリク及びモルファン――の肝煎りで冒険者ギルドから派遣されてきたダンジョン調査員たちであるが……そんな彼らの足下に、ダンジョンの付属施設とも言える諜報トンネルが張り巡らされ、こうしている今も彼らの会話を傍受していたりする。
「例の炭焼き窯……じゃねぇ……パン焼き窯はどうなんだ? スタンピードが発生したんじぇねぇかって、ナイハルの金貸しどもが騒いでやがっただろう?」
「シロだな。綺麗なもんだ」
クロウが一時の悪乗りで演出したGチームによるパレードは、あろう事か小規模なスタンピードではないかと誤解されており、その絡みでパン焼き窯が「ダンジョン」ではないかと警戒されるという……端から見れば噴飯ものの事態になっていた。
とは言え、そのせいでパンを焼く事ができなくなったガット村の住人たちにとっては、笑い事で済まされる問題ではない。仮にダンジョンでなかったとしても、スケイル(仮称)が湧き出してきたパン焼き窯など、今後使う気にはなれないではないか。
……尤も、新しい窯の建設費用を含めた損害賠償を、しっかりとヤルタ教からせしめるべく策動するくらいには、ガット村の村人たちも強かではあったが。
一方、諜報トンネルで耳を澄ませていたクロウたちは、この話を聞いて驚きを禁じ得なかった。どうをどうすれば、パン焼き窯がダンジョンだ――などという話になる? いや、一時的にダンジョン化したのは事実だが……どこからそれが漏れたのか?
「あれもなぁ……説明を聞く限りじゃスケイルの採食体の可能性が高いってんで、ギルドの方もダンジョン説を頭ごなしにゃ否定できねぇみてぇだが……」
「抑の話、スケイルはダンジョン固有のモンスターって訳じゃねぇだろ?」
「まぁな。それ以前に、本当にスケイルだったかどうかも怪しい。何しろ窯を開けてからは大騒ぎになって、碌すっぽ観察する暇も無かったみてぇだからな」
「見間違えって事もあるか」
ただの見間違えという結論に落ち着きそうになり、聴き耳を立てていたクロウたちも胸を撫で下ろしたのであったが……
「……いや、事はそう単純じゃねぇ」
「ほぉ?」
「どういうこった?」
「いいか? スケイルであろうがなかろうが、それが突発的に出たり消えたりしたってのは事実。だとしたら、こりゃやっぱり問題だろうが」
「……やっぱり見間違いじゃねぇのか? ハエとか何かとか」
「ハエが何でパン焼き窯から湧き出てくるんだ? しかも大量に」
「いや……そりゃあ、何か……」
どうやらただの思い付きを口にしただけだったようで、突っ込まれてタジタジとなった男は口を噤んだ。
「……話を戻すぞ? スタンピードが出たり消えたりって話なら、少し前にマナステラでも起きてただろうがよ」
「あ……」
「『百魔の洞窟』か……」




