第二百二十四章 混沌、イスラファン 15.クロウ
スキットルの話にも出て来たように、イスラファンは冒険者ギルドに依頼を出して、ベジン村からネジド村に至る範囲を調査させる事にした。調査のお題は勿論ダンジョンの有無である。
イスラファン上層部がダンジョンの存在を懸念していたのは言うまでもないが、それに加えてヤシュリクの商人たちの危機感とモルファンの思惑が上手く絡み合った結果であった。
念の入った事に、冒険者ギルドから貸し出されたダンジョン探知の魔道具まで携えてベジン村へと赴いた冒険者たちであったが、万一の事態を慮ったクロウが予め念入りな秘匿と擬装を施していたため、転移門や諜報トンネルの存在が露見する事は無かった。
しかし――
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『……このところベジン村を通る旅人がいないという報告は受けていたが……』
『こういう事になってたのね』
ベジン村の地下に張り巡らせた諜報トンネルによって、訪れた冒険者たちの会話を聴き取った結果、明らかになったのはナイハルからヤシュリクへ至る街道の不振ぶりであった。
どうやら「百鬼夜行」の演出が効き過ぎたのが根底にあるらしいが……
『……ナイハルの金貸しどもめ……こっちの腐心も苦労も知らずに、勝手な事をほざきおって……』
奇しくもザイフェルと同じような罵言を、クロウも今回漏らす事になった。「百鬼夜行」とダンジョンとの関わりを悟らせないために、自分たちがどれだけの知恵を絞ったと思っているのだ。なのに……その苦心惨憺を、自分たちの都合ばかり優先したでっち上げで台無しにしおって……
いっそナイハルの町にダンジョンを現出せしめてやろうかと考えたクロウであったが、これ以上事態をややこしくするのは――少なくとも今は――得策ではないと考え直す。
……だがナイハルの金貸しどもには、いずれ何かの形で思い知らせてやる必要があるだろう。口は災いの門だという事を。
『それで、どうするつもりじゃ? クロウよ』
頭に血が上りかけたクロウであったが、精霊樹の爺さまの問いかけを耳にして我に返る。今はそれより対策を講ずるべき時だ。
『……この段階で情報が手に入ったのは幸いだった。諜報トンネルの有効性が証明されたという事だろうが……』
暫し思案に沈んでいたクロウであったが、ややして徐に顔を上げると、最初にシャノアに向けて指示を出す。
『シャノア、精霊たちに通達しろ。「朽ち果て小屋」と「隠者の洞窟」の精霊門は当分、少なくとも冒険者どもが帰るまでは使用禁止だ』
『う、うん。残念だけど、皆も解ってくれると思う』
続いてクロウが頭を巡らせた先は、急遽「間の幻郷」から呼び寄せたダンジョンマスター見習いの三名であった。
『ダン、ジョン、マスト。「隠者の洞窟」の隠蔽体制を見直せ。あそこはまだ充分に手を加えていない。現在でも一応の隠蔽はできている筈だが、冒険者ギルド謹製の魔道具とやらの性能によっては、隠蔽が曝かれないまでも、不審を持たれる事はあるかもしれん。そうなる前に手を尽くせ』
『承知しました! 陛下!』
『我ら「スリーピース」!』
『この身命を擲ってでも!』
『いや……身命まで擲つ必要は無いが……』
そして更に、クロウは土魔法持ちの眷属たちにも指示を出す。
『スレイ、ウィン。諜報トンネルをネジド村の近くまで延ばせるか? 隠蔽に充分注意した上でだが』
『問題ございません』
『直ぐにでも延ばしてご覧に入れますよ、主様』
『よし。魔力の残滓を吸い取るための鬼火は直ぐにでも召喚する』
――と、一通りの対策は講じた上で、
『……当面の問題はこれでいいとしても……街道の不振が今後も続くようだと面倒だな』
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