第二百二十四章 混沌、イスラファン 14.ナイハルの死霊術師(その3)
「まず、ダンジョンに飼われていようがいまいが、怨霊の性質や気配は変わらないと考えるのが妥当です。そして怨霊の気配があれば、自分たち死霊術師がそれを見逃す事はまずありません。そして今回の調査では、先程も申し上げたように怨霊の痕跡は見出せませんでした。
「ただ、ダンジョンの側が自分たち死霊術師を上回る能力を持っている場合は、これを欺いて怨霊の存在を隠蔽できる可能性はあります。ご一同が懸念されているのもその点だと思いますが?」
スキットルの問いかけに不安げな頷きが返って来る。
「発生したばかりのダンジョンがそんな力を持ち得るのかという点は棚上げにして、今回の件について検討して見ましょう。
「まず、ベジン村に端を発する一連の怪異が怨霊によるものだとして、既に騒ぎを起こした後で、改めて怨霊の痕跡を隠す理由があるでしょうか? 強いて言うなら、怨霊が関わっている事を秘匿する必要性に後になって気付いた場合、怨霊ではない魔物の仕業に見せたい場合でしょうが……その場合は、今後も『怨霊』を出す気が無いという事にならないでしょうか?」
つまり、今後街道の通行に支障は無いという事になる。ヤシュリクのラージン辺りが聞いたら快哉を叫びそうな結論であったが……金貸したちの不安を払拭するには至らなかったようだ。
「しかし……愈々という時――金貸したちを襲う時の事らしい――のために、怨霊の存在を隠しておくという可能性は……?」
「それにしては遣り方が杜撰と言うか、泥縄な印象を拭えません。つまり……その……愈々という時の事は、本来の計画には無かった可能性が高くなります。言い換えれば周到な計画は立てられていない筈。下手な芝居までして隠すからには、急襲という筋は無いでしょう。つまり、こちらもそれなりの準備を整える事ができる」
金貸したちは複雑な表情を浮かべた。
「そしてそれ以前に、既にネジド村の手間で姿を見せているのですから、今更それを覆い隠そうとするのは無意味です。狙った相手が人違いだった事に気付いて、慌てて事態を糊塗しようとしているのならお粗末の極みですし、そんな相手なら恐れるに足らないでしょう」
金貸したちの表情に安堵の色が増す。
「シュレクのダンジョンは怨霊タイプですが、それを隠したりはしていません。実際に隠す意味が無いですし。
「コーリーという悪徳商人がシュレクのダンジョンで取り殺されたのは知っていますが、その時にはスケルトンワイバーンが、コーリーという男をダンジョンの前まで運んで行ったとも聞いています。言い換えると、怨霊が自分からコーリーを追って行った訳ではありません。今回の『ダンジョン』がベジン村からネジド村まで伸びているとは思えませんし、そうなると『怨霊』は自分で動いて行かざるを得なかった筈です。シュレクの場合とは状況が一致しません」
スキットルの言葉に虚を衝かれたような表情を浮かべる金貸したち。そこまで深くは検討していなかったらしい。
「……あれこれの事を考え合わせると、怪異の一端である『泥人形』に遭遇したのが偶々ご同業であった事から、深読みし過ぎたのではないかと愚考しますが……」
一連の怪異の正体は今なお不明乍ら、金貸したちが最も聞きたかった事には一応の説明が付けられた。あとは冒険者ギルドが行なっているというダンジョンの在否調査の結果を待てばいいだろう。
スキットルはその後金貸したちの大歓待を受けて、宴席を辞したのであった。




