第二百二十四章 混沌、イスラファン 10.モルファン~情報部の困惑~(その2)
「スタンピードという可能性は? マナステラでも奇妙なスタンピードが確認されていますし」
それがあったかという顔付きの部下一同。ちなみに上司も同じ顔である。う~んと一同考え込んでいたが、
「だが……そうするとスタンピードを引き起こしたダンジョンは、ベジン村の中にあるという事にならないか?」
ベジン村に端を発した一連の怪異の顛末は、既にモルファンもその詳細を掴んでいる。態々人を派遣するまでもなく、聞こえて来た噂話を整理統合するだけで、その実態が把握できたのである。
それに拠ると、最初に怪異が発生したのはベジン村の中。外からやって来たという形跡は認められなかった。――という事は、ダンジョンが存在するのも村の中という事になる。
「いや、その前に奇妙な叫び声のようなものが聞こえたんじゃなかったか?」
「だとしても、本質的な事情は変わらんだろう。一歩譲って、ダンジョンがあるのは村の裏山……植林村の跡地付近だとしよう。しかしその現場は、ベジン村の連中が畑を作っている場所の鼻先だぞ? そんな場所にダンジョンがあって、その存在に気付かなかったとは思えん」
「ダンジョンができたのはごく最近……というのもあり得んか」
「あぁ。できたばかりのダンジョンがスタンピードを起こすなど、常識的に考えてあり得んからな」
――クロウのダンジョンであれば、〝できたばかり〟どころか〝できる前から〟強力なモンスターを召喚できるのだが……そんな事情はモルファン情報部の知るところではない。
「つまり問題のダンジョンは、それなりに年季の入ったダンジョンの筈だ。……成る程、村の連中がそれに気付かなかったというのは無理があるな」
「うむ。怪異が起きたのはベジン村だけではない。あれだけの怪異が全てモンスターの仕業だとすると、従事したモンスターの数も種類も膨大な筈だ」
――百鬼夜行を嬉々として演出したのは、他の土地から集まった精霊たちと、これまた他のダンジョンから呼び寄せた眷属たちである。
「それだけのモンスターを擁するダンジョンの存在が、まるで気付かれなかったとは思えん。……仮にダンジョンマスターなりダンジョンコアなりが、ダンジョンの存在を秘匿しようと企んでいても……」
「あぁ。ダンジョンである以上は、外から獲物を呼び込んで狩る必要がある。完全な秘匿など無理な話だ」
――クロウのダンジョンの収益は、基本的にクロウの魔力によって賄われている。接触非推奨の指定を受けて厳重な監視下にある筈の「モローの双子のダンジョン」が、どこからその魔力を得ているのかという点に気付きさえすれば、こうも断言はできなかったであろうが……そこに気付くには、イラストリアの地は少々遠過ぎたようだ。
ともあれ、やはりダンジョンに原因を求めるのは無理ではないかとの結論に落ち着く。クロウとしては万々歳である。
怪異の解明は一向に進んでいないのだが、今はダンジョン説の是非だけを問題にすればいい。
「ナイハルの金貸しどもは、ネジド村の辺りにダンジョンができた可能性を捨て切れていないようだが……」
「ベジン村とガット村での騒ぎをさらっと無視して、ネジド村にだけダンジョンを持ち出すつもりか?」
「金貸しどもも、何を血迷っているのやら」
己の影に怯えるが如き振る舞いの金貸したちには呆れるしか無いが、
「問題は、どうやってこの騒ぎを沈静化するかだろう。お偉方の頭を悩ませているのもその事だ」
上司の発言に、情報部の面々も首を傾げる。自分たちの職掌とは外れる気もするが、国のために少しぐらい頭を使っても罰は当たるまい。
「……怪異騒ぎ自体はとりあえず終熄している訳ですから、後はあの辺りにダンジョンが無い事を証明してやればいいのでは?」
「ベジン村からネジド村に至る範囲で、ダンジョンの魔力が有るか無いかを確認するのはどうですか? 確かそういう魔道具があったように思いますが」
「……商人たちが気にしているのは、街道の傍にダンジョンがあるという風聞だ。それがガセネタだと示されれば、通行忌避も少しは落ち着くか?」
「だが……それはイスラファンの手でやってもらわねばならんぞ?」
「こういう事態に即応できる部隊が、イスラファンにあったかな?」
う~んと考え込む情報部員たち。海洋国家としての生命線である港を護るための戦力はそれなりに充実しているし、街道を護るための戦力も一応は整っている。しかし、専任地域の無い緊急展開部隊となると、
「あるにはあるだろうが、ダンジョン捜索の訓練など……」
「受けているとは思えんな」
「それに、イスラファンとしても、こんな任務に虎の子の部隊を出したくはないだろう」
「陽動という可能性も捨てきれないだろうしな」
〝陽動〟という言葉に一同の表情が厳しくなるが、今はその話は措いておく。
「と、なると……動員するのは冒険者か?」
「そういう事になるが……イスラファンの冒険者は、ダンジョンの探索などに慣れているのか?」




