第二百二十四章 混沌、イスラファン 8.テオドラム(その2)
外務卿の言う〝こちら側〟の意味が解ったらしい国務卿たち。そこへ外務卿が発言を続ける。
「そしてもう一つ、イスラファンでの騒ぎの裏にダンジョンマスターがいるとすると、そこにはダンジョンがあるという事になる。……我が国が求めて已まぬダンジョンが、な」
〝あ〟――というような表情を浮かべる国務卿たち。別けても内務卿や財務卿、商務卿の表情が見物である。
何しろ現在のテオドラムは、幾つものダンジョンに囲まれていながら、そこから素材を得る事ができていないという、大いに腹の立つ状況に置かれている。ピットは凶暴化、シュレクは毒塗れ アバンはテオドラムの商人には反応せず――といった状況なのだからして、国務卿たちが業腹な思いを抱え込むのも無理もない。僅かな例外は「災厄の岩窟」であるが、目下のところ彼のダンジョンでの最大の収穫物は水と泥炭。凡そダンジョン素材とは言えそうにない代物である。まぁ、僅かながら金も採れているのであるが。
「……我が国の冒険者を差し向けるというのか?」
「自国の冒険者に拘る必要は無かろう? 生憎と我が国の冒険者は、ダンジョンの攻略は不得手のようだしな」
嘗て「災厄の岩窟」に突っ込んだパーティの末路を見れば、その力不足は一目瞭然である。モローのダンジョンに侵入したらしい経済情報局の密偵も未帰還だし。
「素材が必要なら、イスラファンから購入すればよかろう。少しは足下を見られるかもしれんが、売ってもらえるだけマシだ」
国内に数多のダンジョンを擁するイラストリアは、このところ両国の間が不穏になってきている事もあって、ダンジョン素材の取引に消極的である。ここでイスラファンとの取引の機会が得られるというなら、それは――少なくとも外務的には――歓迎すべき事ではないか。
「だが、イスラファンの『ダンジョン』とやらは、まだ存在が確認された訳ではないのだが?」
「ダンジョンが無ければ残念ではあるが、それはそれで、我が国に対する仮想上の脅威が一つ減ったという事にならんかね?」
「……そうとも言えるか」
些か詭弁めいた気がしないでもないが、外務卿の言い分はそれなりに筋が通っている……ように見える。
「要するにだ、我が国がイスラファンと手を組む事には、何の不自然も無い訳だ。……同じダンジョンマスターに敵対する者同士として、な」
トルランド外務卿の結論に、一同う~むと納得しそうになったその時、
「ダンジョンマスターの怒りに油を注ぐ覚悟があるのなら――な」
ラクスマン農務卿が発した一言が、一同の頭と背筋を冷やす事になった。
「う……む……」
「……その可能性は無視できんか……」
「では……手を結ぶという案は見送りか?」
「いや、そういう意味で言ったのではない。誤解を与えたのなら済まなかったが……要するにこの件に関しては、拙速な動きは危険だという事を言いたかったのだ」
「ふむ……確かに」
「案外向こうも、同じような事を考えておるかもしれんしな」
「水面下で接触を持つか?」
「いや、その前に、イスラファンに物見を出すのが先だろう」
「至言だな」
――という感じで、とりあえずはイスラファンとの同盟も念頭に置いて、あちらの様子を探らせようとの方針が固まる。
イスラファンがダンジョンマスターと敵対した理由が不明であるため、敵対した時期も判然としない。嘗てダンジョンマスターと手を組んでテオドラムに仇為していた――例えば贋金騒ぎに一枚噛んでいたとか――ものが、その後で仲違いした可能性もあるが、今現在ダンジョンマスターと敵対しているというなら、手を結ぶ価値は充分にある。昨日の敵は今日の友、有為転変は世の習いである。何であれ、現時点でテオドラムと敵対する可能性の無い、或いは少ない国は貴重なのだ。
「……場合によっては、イスラファンに『酒場』を出す事も考えるべきかもしれん」
「ふむ……押し並べて沿岸国は農業生産力が低く、自国で酒を造るほどの余裕は無い。我が国が酒造所を造っても、反撥は少ないかもしれんな……」




