第二百二十四章 混沌、イスラファン 7.テオドラム(その1)【地図あり】
恐怖に駆られたナイハルの金貸したちが、〝ベジン村からネジド村に至る付近にダンジョンが現れた〟などという怪説をイスラファンの上層部に上申してから十八日後、その噂は商人たちの動きを介して、テオドラムにも伝わっていた。
何しろ、ここテオドラムにおいてはこのところ、「ダンジョン」という言葉は最優先で検討されるようになっている。恰も自国を囲むようにポコポコとダンジョンが出現し、そのせいで国が多大な迷惑を被っているとあれば、それも仕方のない事だろう。
そして、そんなところへ〝イスラファンにダンジョン発生!?〟などという怪説が飛び込んで来たのである。テオドラムの国務卿たちが色めき立つのは当然であった。が……
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「……ダンジョンは我が国を包囲するように出るものだと予想していたが……」
「予想外の位置に現れたな」
「これは包囲と言えるのか? ……いや確かに、広域的に見れば包囲と言えなくもないんだが……」
ダンジョンが現れたとされるベジン村からガット村に至る範囲を地図で眺めて、複雑な感興に囚われる国務卿たち。ダンジョンと関わりがありそうな場所をピックアップしたものだが……この度噂に上った〝ベジン村からネジド村に至る付近〟というのが、国務卿たちの予想とは大いに外れた位置にあったのである。
これまで着実にテオドラムへの包囲網を布いてきたダンジョンマスターにしては、妙なところへダンジョンを創ったものではないか?
「いやまぁ、沿岸国からマルクトへ至る街道が一つ、脅かされるのは確かなんだが……」
「抑、我が国との交易という視点からすると、イスラファンよりはアムルファンやヴォルダバンの方が重要だしな」
「これは……我が国への包囲網とは別件なのか?」
考えてみれば、モローの「双子のダンジョン」やマナステラの「百魔の洞窟」など、テオドラムとは関係の薄そうな場所にも、妙な動きを示しているダンジョンはあるのだ。ダンジョンと言えば何でもかんでも、テオドラム包囲網に結び付けるのは考えものかもしれぬ。
「抑この『ダンジョン』とやらにしても、ダンジョンだと騒いでいるのは一部の金貸しだけだと言うぞ? 実際にダンジョンの出現が確認された訳ではないそうではないか」
――では、無関係なのか?
「それがなぁ……」
このところ立て続けと言っていいほどに、各地にダンジョンが現れているのだ。同一の原因によるものだと考えるのが普通だろう。
――と、いう事はつまり、イスラファンのこの「ダンジョン(仮)」も、テオドラムに敵対するダンジョンマスターと無関係とは言えないのではないか。ダンジョンの存在は未確認だとしても、妙な事が起きているのは事実のようだし。
どうにもダンジョンマスターの真意を掴みかねて、ほとほと困惑する国務卿たち。
……クロウの意図にはテオドラムなど含まれておらず、元々はヤルタ教に対する嫌がらせ――そこから妙な方向に暴走したが――であったのだから、ヤルタ教というキーワードに思い至らない限り、これは幾ら考えても真相に到達する訳が無い。
ところがそこへ――考え考えという様子ではあったが――トルランド外務卿が妙な見解を持ち込んだ。
「……一つはっきりしている事は、イスラファンはこちら側だという事だ」
唐突に変な事を言いだした外務卿に、他の面々の視線が集まる。
「……どういう事だ? こちら側?」
不得要領な顔付きの同僚たちの顔を見回して、トルランド卿は外務卿としての見解を述べ始める。
「まず第一にだ、イスラファンでの騒ぎは、わが国が被ったものと似ているとは思わんか? ピットやシュレク、更には『災厄の岩窟』の事を考えてみるがいい」
「うむ……?」
「確かにそれには異存が無いが……」
前提条件が受け容れられたのを確認して、外務卿は話の本筋に入る。
「イスラファンでの騒ぎが、我々を陥れたのと同じダンジョンマスターの手によるものと考えるなら……」
外務卿は気を持たせるかのように一旦言葉を切った。
「……イスラファンは我々と同じくダンジョンマスターに敵対している――ダンジョンマスターがイスラファンに敵対しているのかもしれんが――と考えられるわけで……つまり、イスラファンはわが国と同じ側に立っているという事だ」
「うむ……」
「確かにそういう見方もできるか……」




