第二百二十四章 混沌、イスラファン 5.悲劇の地の死霊術師
ただでさえ混沌としているイスラファンの状況であるが、そこに更なる動きをもたらす者が現れた。死霊術師のスキットルである。
嘗てシュレクのダンジョン村でネスによる特訓を――何の特訓であるかはさて措いて――受け、惰弱な性根を叩き直された死霊術師にして冒険者。その彼が何でまたイスラファンに現れたのかと言うと……これ偏にベジン村の悪霊騒ぎのせいであった。
シュレクでのブートキャンプによって死霊術師としての力量をアップさせたスキットルであったが、そのせいで些か皮肉な状況に置かれる事になっていた。なまじネスからの特訓を受けたせいで自身の基礎能力が向上し、被使役者としてのアンデッドに要求するハードルが高くなったのである。自分で簡単にできる事なら、何も態々アンデッドを使役する必要は無いではないか?
斯くして、一応は死霊術師を名告る筈のスキットルが、今に至るもアンデッドの一体すらも使役していないという事態となっているのである。
駆け出しの死霊術師では珍しくもないが、幸か不幸かスキットルは、今や冒険者として相応以上に知られるようになっていた。……それが、〝死霊術師にしておくには惜しい程の戦術技能〟のゆえであるとしても。
ともあれ、〝冒険者として〟名が通ってきた――死霊術師としてではなく――スキットルが、アンデッドの一体も引き連れていないというのは、世間的には不思議な事であるらしい。そういった世間の視線に押されるような形で、アンデッドとの契約を改めて考えるようになったスキットルが、〝憤死した開拓者たちの怨霊が数多の怪異を引き起こした〟――と評判のベジン村を訪ねるのは、或る意味で必然の流れであった。
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「……ここが、その悲劇の現場という事ですか?」
「そ、そうでがす。あん時ゃあ……はぁ……半年ほどの間に三十人近くもがおっ死んじめぇやして……どがんしたもんじゃろかと、村中総出で頭を抱えたもんで……」
「ふむ……」
意気込んでベジン村に乗り込んでは来たものの、怨霊がいてほしいスキットルといてほしくない村人たちの間で一悶着……とまではいかない程度の駆け引きがあったが、そこはシュレクでの経験から村人との交渉スキルをアップさせたスキットルの事。どうにか村人たちを口説き落として、問題の入植地跡にやって来たのだが……
「……そ、そんで……どがいなもんでがしょう……?」
「う~ん……少なくとも自分に感じられる範囲では、怨霊らしき気配は無いですね」
「――そ! そうでがんすか!」
喜色を浮かべる村人であったが、アンデッドとの契約を期待して村を訪れたスキットルとしては、当てが外れた格好である。まぁ、村人の前でそれを口にしない程度の分別――嘗てシュレクのダンジョン村で、痛い思いをして身に着けた――はあったが。
(……ネス教官くらいの上級者なら、僅かな怨霊の痕跡も見逃さないんだろうけど……)
自分の力量が劣っているゆえに怨霊の気配を感じ取れない――という懸念は棄却できないものの、スキットルとてずぶの素人ではない。今までに数多くの死霊怨霊の類を相手にしてきたし、大抵の怨霊なら感知できるという自負もある。
(……と言うか、何か悪さをするだけの力を持つ怨霊なら、その存在は隠しようも無いんだけどな)
思念エネルギーの凝りのような怨霊は、そのエネルギーを身の内に収め隠すという事ができないため、少し勘の良い者ならその存在に気付く事ができる。更に訓練を積んだ死霊術師であれば、立ち去り消え去った怨霊の残滓も感じとる事ができる。
(……まぁ、そのための指導はネス教官にして戴いたんだけど……元気かな、教官)
ちなみに、スキットルはネスの事を、獣骨の仮面を着けているのだと思っている。そうまでして顔を隠す事情――隠してなどいないのだが――は判らないが、個人の事情に立ち入らないのは冒険者としてのマナーである。そこを詮索する気の無いスキットルは、改めて現場の状況に意識を向ける。
(……隠蔽されたような痕跡も無いな。……まぁ、教官クラスの腕があれば、自分の目を欺く事ぐらいはできそうだけど……そうまでして隠す理由がなぁ……)
怨霊がいない事にしたいというなら話は解るが、既に怨霊が騒ぎを起こしたとされている場所で、その痕跡を隠すというのは理解できない。可能性があるとすれば、〝実際には怨霊の仕業でない事を隠すため〟――というのが思い付くが、
(……噂に聞いた限りじゃ、殊更に怨霊のせいだと喧伝してるようでもないんだよなぁ……)
ここへ来る途中で村人から聞いた話でも、ベジン村に現れた怪異というのが、どう考えても怨霊の仕業っぽくないのである。やはりこれは、嘗てこの場で非業の死を遂げたという開拓者たちとは無関係ではないのか? そこの汚名を晴らしてやらないと、今度は死んだ開拓者たちが本当に、怒って化けて出るかもしれない。
ともあれ、スキットルはその辺りの事情を説明すると、今度はその足をガット村へと向けた。これも乗りかかった舟であると、このおかしな「怪異」の跡を辿ってみる事にしたのである。
……余談ながらスキットルは、ベジン村から少し離れた辺りで微かに精霊の気配が残っているのに気付いていたが、そのままスルーを決め込んでいた。だって怨霊じゃないし。
もしもこの時、入植跡地周辺の環境が精霊向きでない事に気付いていれば、そして、そんな場所になぜ精霊の気配が残っているのかを不審に思うだけの想像力があれば、その後の展開は変わっていたかもしれない。
だが、現実の話としてスキットルはそこにまで発想を伸ばす事はしなかった。しかし、普通はそこまでの想像なり妄想なりを逞しくする者は少数派であるし、スキットルを責める事はできないであろう。




