第二百二十四章 混沌、イスラファン 1.ヤシュリク~ハラド助祭の迷走~(その1)
本章も長くなりますが、話の舞台と登場人物は――クロウも含めて――コロコロと変わります。
ヤルタ教教主・ボッカ一世の密命を受けてイスラファンに潜入したハラド助祭は、部下が探り出してきた一連のネタを見て、頻りに首を捻っていた。
ヤルタ教が待避先を物色し始めた頃、教主を始めとするヤルタ教上層部は、その候補地の一つとしてイスラファンに目を付けた。上層部の決定を受けてハラド助祭も、正規の伝道士たちが入国するのに先んじて、部下をイスラファンに潜入させていた。助祭はその部下たちに命じて、とりあえず怪しい噂話を集めさせてみたのだが……予想外におかしなネタが多かったのである。
教主からこの命を受けた時、職業的な勘は寧ろヴォルダバン、特にアバンの「迷い家」とカラニガンの「シェイカー」が怪しいと(ささや)囁いていたのだが……
「これは……怪しさという点では、この国も中々捨てたものではないか……」
潜入前にこの国の事は調べておいたので、「赤い崖」や「船喰み島」などの伝承は知っているし、それらよりずっと新しいとは言え、ベジンの植林地で起きた悲劇の事も耳にした。イスラファンに限った話ではないが、沿岸国で真しやかに囁かれている「謎の異国人部隊」の噂も耳にした。
しかしそれらを別にしても、気になる動きが幾つもあった。何より気になるのは、それらの悉くが、この一年以内に起きているという事である。
時系列に沿ってそれらを列挙してみると、次のようになる。
・1月 ヤシュリク 商人たちが集まって協議。議題は恐らくイラストリアの新
年祭。
商人たちがエルフやドワーフの動きを探る。
・6月 ヤシュリク イラストリアの密偵らしき者の姿が見かけられる。
・7月 ヤシュリク イスラファンの商人たちが会合。議題は恐らく「幻の
革」。
商人たちが沿岸国の商業ギルドに働きかける。
ベジン村 村外れで鬼火が目撃される。
レンツ 密偵らしき何者かが「船喰み島」の事を探っていた。
・9月 ベジン村近辺 ベジン村に現れた数々の怪異が北上し、山へ入って消え
た。
「……何らかの動きが見えているのは、ここヤシュリクとベジン村だけか……」
ベジン村はヤシュリクの西に馬車で三日ほどの距離にあるから、これらを一纏めにして扱うと、何れもイスラファン南東部に集中していると言える。ハラドにも意外であったのだが、他の場所では怪しい動きは確認されていない。まぁ、古い話にまで遡れば、「赤い崖」や「船喰み島」の伝説もあるのだが、少なくともこの一年以内に何かが起きたという話は聞かない。
「ふむ……少なくともイスラファンの南東部で、何かが起きている事は確か――か……」
こうなると、ヤシュリクに目を付けたのは教主の卓見ではないかと思えてくる。なら、もう少しその〝卓見〟とやらに従ってみるのもいいかもしれない。
「教主様のお考えでは、ヤシュリクから目を逸らさせるためにベジン村が選ばれたという事だったが……?」
そういう予断を持ってベジン村の件を見直してみると、
「……ベジン村での騒ぎが、何の前触れも無く唐突に起きた事実は無視できんか……」
世間では、あの騒ぎはヤルタ教の伝道士が引き起こしたものだという妄説が罷り通っているようだが、彼らにそんな力量が無い事は判っている。一連の怪異が村の裏山に封じられていたというなら、素人に毛が生えた程度の伝道士に解放できるというのはおかしいだろう。そんな柔な封印が何の役に立つというのだ。
――だとすれば、ベジン村での騒ぎは一体何が原因で起きたのか。
「……確かに……伝道士がベジン村へ立ち寄った事……と言うより、ここヤシュリクを伝道の拠点と定めようとした事か……」
この騒ぎを何かの陽動であると考えるなら、怪異騒ぎがベジン村で起きている事から逆に、ベジン村への立ち寄りはトリガーではないという事になる。残るはヤシュリクしか無いではないか。
これはヤシュリクでの調査を進めた方が良いか。いやしかし、下手にヤシュリクを嗅ぎ廻ると、またぞろ「バトラの使徒」がおかしな真似をしでかさぬとも限らない。
どうしたものかと悩んでいたハラド助祭であったが、ふと思い付いた事があった。
死霊術師シリーズの新作「花瓶の冤罪」、本日21時頃に公開の予定です。宜しければご笑覧下さい。




