第二百二十三章 泥縄道路騒動 8.イラストリア王城・国王執務室(その1)
「モルファンにしちゃ泥縄っぽい対応ですな」
「向こうもそれだけ慌てておったのじゃろうよ」
「ノンヒュームたちの動きが早過ぎますからねぇ」
早朝の国王執務室で、困惑と共感が綯い交ぜになったような複雑な表情を浮かべているのは、例によって例の如き四人組。モルファンから急遽の通達を受けての反応である。
曰く――〝王女のイラストリア留学に当たって国境近くの街道を整備するので、過度の警戒は避けられたし〟
「……まぁ、国境の真ん前で道の整備なんておっ始められりゃあ、こちとらだってそれなりの対応をとるからな」
「警戒は已むを得ぬ事として、過激な反応に出ぬようにとの要請じゃろうの」
「そんくれぇはこっちも弁えてるんですけどね」
「念のためという事であろう。両国友好のための下準備が戦の引き金になるなど、笑うに笑えん話だからな」
「まぁ、こっちとしちゃ別に構やしませんがね」
「我が国の対応は如何なさるおつもりですか?」
改まった様子で確認の問いを発するウォーレン卿に、宰相と国王は困ったように目を見合わせる。
「そこが悩ましい点なんじゃがの」
「先に言っときますけどね、道路整備は軍の管轄じゃありませんぜ?」
先回りして特大の釘を刺された宰相は渋い顔であるが……まさにこれが目下の困惑の種であった。すなわち――王女留学のためにモルファンが街道の整備を始めるというのに、イラストリアは何もせずに放って置いていいのか?
「外聞が宜しくないのは余にも解るが……抑、問題の道路事情はどうなのだ? 実際に補修を必要とするようであれば、待った無しで整備を進めるしかあるまい。……財務の者たちには、余の方から説明しておくゆえな」
何しろモルファン王女の留学問題では、この国も予想外の出費を避けられていない。全て必要経費なのは事実だが、大規模なパーティやら珍奇な酒やら高価な食器やら……財務としては頭を抱えるほどの出費になるのは間違い無い。
パーティそのものは来年になるかもしれないが、その準備は今から取りかかっておかねば間に合わない。つまり、今年の予算内でどうにか辻褄を合わせる必要がある。現在の状況でノンヒュームたちに、代金の前借りなどしたくないではないか。
国王の問いに三人は顔を見合わせたが、代表して答えたのはローバー将軍であった。
「まぁ、単に馬車行列が通るだけってんなら、何の問題もありませんや。ただし、見映えとか見栄とかって話になると、こりゃ無骨な軍人にゃ判断できかねますな」
しれっとそんな台詞を吐いたローバー将軍であるが、実際は法衣伯爵家の三男坊であったりする。まぁ、貴族としてより軍人としての生活が長かったのも事実であるが。
その辺りの事情を能く知っている国王――将軍とは幼馴染みにして士官学校の同期生――が、ふむと頷いて宰相に目を遣った。
「微妙なところですな。不快の念を抱く程ではないと存じますが、整備したての街道と較べられると、些か見劣りがするのは避けられませぬ」
幸か不幸か、イラストリアの国土はモルファンより狭いので、それなりに道路整備も間に合っている。ゆえに脱輪だの手狭だのという問題は生じないのであるが、モルファンの王女を迎えるに相応しい道かと問われると……これは誰しも首を傾げざるを得ない。と同時に、ならば改修の必要があるかと問われると、やはり誰もが首を傾げるであろう。
そういう微妙な道路状態であったため、四人がうち揃って思案投げ首の羽目に陥っているのであった。
「ウォーレン、何か良い知恵は出ねぇのか?」




