第二百二十三章 泥縄道路騒動 7.モルファン~ツーラ守備隊~(その2)
「なぁハンス、売り言葉に買い言葉って感じもしたが……ここに居座って大丈夫なのか?」
「歴史学徒が調査に来たという設定を明らかにした以上、早々に立ち去るのも不自然でしょう?」
いや、兵士の監視に恐れをなして引っ込んだというのなら、別におかしくはないのではないか? 内心でそう思ったハンクだが、それを口に出すような野暮はしない。〝自然な振る舞い〟を口実に、これ幸いと調査を始める気満々な事ぐらい、特に鋭い者でなくとも判る。ハンクも別段それに異を唱えるつもりは無いが、
「何をするつもりなのか訊いていいか?」
盗掘目当ての冒険者たちを長年退けてきただけあって、グーテンベルグ城は分厚い堆積土の下に埋もれていた。碌な装備も無い自分たちに、どうこうできるとは思えないが?
「確かにグーテンベルグ城はそうですね。崖際にあったと言い伝えられていますから、崩れ落ちた土砂をもろに浴びて深く埋もれた訳でしょうし」
しかし――とハンスは続ける。
「グーテンベルグ城から少し離れた位置にあったという城下町は、そこまで分厚い堆積層に埋まってはいない筈ですし、実際にそうでした。なら、歴史学者としてはこっちを狙ってもいいわけです。埋蔵金は期待できませんけどね」
「……実際に掘り当てるつもりか?」
「まさか。そんな事をしたら厄介なだけですよ。ただ、折角モルファン守備隊という申し分の無い目撃者がいるんですから、ここで自分たちの道楽貴族っぷりと失敗っぷりを宣伝しておくべきじゃないですか? ついでに、赤い崖の埋蔵金は所詮夢物語に過ぎないという印象の強化もね?」
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「……テオドラムの下級貴族の出身……そう言ったのか?」
「はい。家名を名告る事は拒まれましたが」
ここはツーラ守備隊の駐屯地。物見に出した偵察分隊からの報告を自室で受けているのは、ツーラ守備隊の司令部員たちであった。
「イスラファンの物見なのかと思ったが……」
「イスラファン兵のような雰囲気は無かったそうです」
「素性を隠しているのでは?」
「そうまでして素性を隠す必要がどこにある? 問題の場所はイスラファンの領内だろう。誰に憚る必要も無い筈だ」
「下見そのものを隠密裡に行なうというのならまだ解るが……下見は堂々と行なって、素性だけを偽るというのはおかしいだろう」
守備隊司令部がイスラファンの物見を疑った理由は、襲撃が予想される場所の近くにイスラファン軍の駐屯地が無いためである。
問題の場所はイラストリア・モルファン・イスラファン三国の国境が交わる位置なので、イスラファンも当然国境守備兵を置いてはいるが、その駐屯地は――兵の駐屯と展開・運用に適した広い場所が付近に無い事もあって――赤い崖より下の町に置かれている。言い換えると、警備の際に使える拠点が無いのである。それを憂慮したイスラファンが、適切な拠点の下見に訪れた――というのは、これは充分にあり得るものと思われていたのであった。
「だが、そうではないと言ってテオドラムの名を出したのか……」
司令部一同が困惑するのも道理である。
モルファンとイラストリアが友誼を深めるのを喜ばない勢力と言われれば、その最右翼にくるのがテオドラムである。なら、ここでモルファン王家の「留学」に水を差すような行動に出る懸念も故無き事ではない。実力行使にまでは及ばないにしても、何らかの小細工をする可能性は残されている。しかし……
「だとしたら益々、テオドラムの名を出したのはおかしいだろう」
敢えて自分たちに注意を引き寄せるような真似はしない筈だ。
「……寧ろ、我々と同じ懸念を抱いたイラストリアかイスラファンの偵察兵と考えるべきではないか?」
「それとなくテオドラムの名を出して警告したという事か?」
「……これもありそうな話だな……」
「ふむ……これを機会に、テオドラムを探る人員を増やすべきか?」
この場所は、年明け早々から三国の厳重な監視下に置かれる事が決まっている。
そして――クロウはそんな場所にダンジョンを構える事になったのであった。




