第二十九章 王都イラストリア 3.国王執務室(その2)
王家の混乱の話、その続きです。
ウォーレン卿が述べた懸念は、他の参加者の上に重苦しく覆い被さった。それはそうだろう。自国が征服される可能性など考えて楽しいわけがない。ついでに述べておくと、クロウたちはそんな事は夢にも考えていない。完全にウォーレン卿の考え過ぎなのであるが、笑殺してよいような話でもなかった。
「ただし自分としては、幾つかの理由からその可能性は高くないのではないかと思っています」
ウォーレン卿の言葉に三人が面を上げる。
「その理由は?」
「第一に、単純にわが国は広いですから」
至極尤もな回答に、三人は顔を見合わせ、それはそうかと考え直す。民衆を煽動して反国家的な運動を狙うのなら、その機運が王国全土に広がるには時間がかかる。いや、民衆の支持を失っても独裁政治を続けた国さえあるのだ。対処する時間は充分あるだろう。Ⅹにしてもそれは判っている筈。ここで切り札とも言えるスケルトンドラゴンを出したのなら、既に民衆の準備が整っていなければおかしいのだが、そのような兆候はない。また、ウォーレン卿が述べたように、あのスケルトンドラゴンがモローの近くで確認された逸れの成れの果てだとすると、生み出されたのはつい最近の筈。民衆の洗脳など始まってすらいないだろう。
「幾つか理由があるっつったな、ウォーレン。他には何が?」
「はい。二つめの理由ですが、あのスケルトンドラゴンが神の使いだとして、何の神の使いなのでしょうか?」
意表を衝かれたように三人が黙り込む。
「アンデッドを使役する神というものを、自分は寡聞にして知りません。広く知られている神でないとすると、その神の事を周知させる必要があるはずです。信仰の中心を持たないようでは、信者を糾合するのにも不便でしょう。なのにそれらの内容が巷間に流布した形跡がありません」
「……他には?」
「三つ目に、ヤルタ教に対して明確な敵対を示した事です。これに関しては、ドラゴンの一味と目されるアンデッドを生前に勇者に選定したのが当のヤルタ教であった事も考えねばなりません。その勇者がアンデッドとなってヤルタ教に敵対する。これ以上の皮肉はないでしょう。このようにアンデッドとスケルトンドラゴン双方が明確にヤルタ教に敵対している以上、それを目にした民衆も、神の使いとやらはヤルタ教を――王国全体でなく――敵視していると思い込むでしょう。一旦そう刷り込まれた民衆が、ヤルタ教から王国へ敵意を移すのには時間がかかるでしょう。もしⅩが最初から王国を狙っているのなら、これは余計な手間の筈です。Ⅹのターゲットはまずヤルタ教。そう考えていいでしょう」
国王と宰相が身じろぎもしないなか、居心地悪げにもぞもぞと身体を動かしたローバー将軍が、二人の聞きたい事を代弁する。
「それで、ウォーレン、お前の結論は?」
「これまで考えてきたように、Ⅹの行動は反ヤルタ教の流れと一致しています。ならば今回の一件も、ターゲットはわが国というよりヤルタ教と考えるのが妥当でしょう。ヤルタ教徒に対する離反工作の可能性の方が高いと考えます」
ウォーレン卿の出した結論を吟味していた三人であったが、今度は宰相が問いを発した。
「ヴァザーリにこれを投入した理由についてはどうか?」
「今回の一件はヴァザーリ伯爵の獣人討伐に呼応したものでしょう。獣人たちのためにスケルトンドラゴンを投入しても惜しくはなかったと言う事でしょうね」
「あるいは、アレ以上の切り札を持っているか、だな」
「今回の一件全体がⅩの計画であった可能性は?」
「さっきも言いましたが、今回の一件はヴァザーリ伯の獣人討伐に呼応したものと考えられます。いくらⅩでも事前に計画していたとは思えません。ただ、この一件を目眩ましに使おうとした、という事は考えられなくもありません」
「何に対する目眩ましかというと……」
「モロー以外にあり得ないでしょう」
三人の男たちはしばし額を集めて相談していたが、やがて今度も宰相が代表して問いを発した。
「Ⅹが民衆の煽動を策として使うかどうか、調べる手だてはあるか?」
「下手な手を打つと逆に相手に乗ぜられる可能性があります。目立たずにやれる事と言えば……この件に関して新興宗教めいた動きが出てくるかどうか、それとなく探るくらいですか。民心の安寧を保つと言えば名目は立つでしょう」
明日は亜人たちへの影響について。




