第二百二十三章 泥縄道路騒動 5.グーテンベルグ城趾(その3)
ジリジリと待ちかねていた様子のハンスやバートたちであったが、それでも死者に対する礼儀は弁えていたようで、クロウ流の葬送儀式が終わるまで行儀良く待っていた。
――が、解禁となるとそれまでの自制心が弾け飛んだようで……
「これが……グーテンベルグ城……」
「城ん中にゃお宝が唸ってるって噂だったが……」
「……仮にあったとしても、その在処を探すのが大変じゃないの?」
「……ですね。沈没船と違って、内部が桁違いに広い訳ですから」
現実派が釘を刺すのもなんのその、
「あぁ? しみったれた事言ってんじゃねぇよ! 埋蔵金だぞ埋蔵金!? あると判ってるお宝を探すのに、ちっとばかりの苦労なんざ問題になるかよ!」
「歴史学徒にとってみれば、この城全体が宝の山です。綿密な調査計画を立てた上で、じっくりと腰を据えて発掘しないと……」
……どうやら、発掘推進派もその心底は、必ずしも同じではないらしい。
『あー……楽しい妄想に浸っているところをすまんが、取り敢えずこの一帯はダンジョン化しておくぞ?』
クロウとて、ハンスへの報酬というだけでグーテンベルグ城跡の発掘などを言いだした訳ではない。帰雲城を彷彿とさせるような埋蔵金伝説に心躍ったのは事実であるが、
(……さすがに城がそのままの形で埋まってるとは思ってなかったが……想像以上に破損や埋没が酷いな。無論このままでは拠点として使えんが……しかし、下手にダンジョンマジックで補修して、地上の地形とかに影響が出てもなぁ……)
土中に埋まって変形した城を元の形に戻したりしたら、地表の凹凸が変化する可能性は無視できない。下手をすると小規模な地震ぐらい発生するかもしれぬ。ひっそりこっそり引き籠もりを標榜するクロウとしては、あまり嬉しくない展開である。
(……まぁ……敢えてダンジョンとして姿を現すという展開も考えていたが……)
大量の死者が出たという事から、さぞや大勢の怨霊が徘徊しているだろう、恐らくは瘴気の澱みも生まれているのではないか。なら、ダンジョンが発生してもおかしくはない……などと考えていたクロウであったが、豈図らんや、怨霊の一体も彷徨っていないという事態に直面する。瘴気の発生など論外であった。これではダンジョンが誕生した理由の説明が付かない。少なくとも説得力に欠ける。
(モルファンの王族が通る場所の直ぐ傍というのもなぁ……そんな場所で下手にダンジョンなんか開いたら、酷い騒ぎになりそうな気がするし……)
モルファンからの行列が通過する事間違い無しの関門の直ぐ脇に、しかもモルファン・イラストリア・イスラファンの国境が交わるというややこしい場所に、狙ったようなタイミングでダンジョンが口を開ける? ……どう考えても大騒動だろう。
しかもその大騒動には、クロウたちが敵と見定めたテオドラムもヤルタ教も巻き込まれないのだ。これを無駄と言わずして、何を無駄と言うのか。
(……ダンジョン化はするが、その存在をアピールするのは無しだな。普通に秘密拠点として使うか。史跡保護の観点からも、ダンジョン化しておいた方が良いだろうしな)
ダンジョンマスターとしてはどうかという判断であるが、今更クロウにダンジョンマスターの何たるかを説いても始まらない。
『今は色々とややこしい事になっているようだから、派手な発掘をやる訳にもいかん。取り敢えず、内部の調査は精霊たちに任せよう』
――斯くの如き鶴の一声で、史跡調査は興味津々の精霊たちにお任せという事になったのであった。




