第二百二十三章 泥縄道路騒動 3.グーテンベルグ城趾(その1)
いつの頃かは定かでないが、嘗てイスラファンの北東の端……モルファンとイラストリアとの国境が交わる辺りの山麓に、一つの山城があったという。グーテンベルグ城という名のその城は、周りを山々に囲まれるという立地条件もあって堅守を誇っており、近くには金だか宝石だかを産出する鉱山もあって、小領に似合わぬ財宝を蓄えていたと言われている。
ところがその城が、ある時領地もろとも山崩れに呑み込まれ、城館のみか領地領民の悉くが埋め尽くされた。
それまでは「赤い開墾地」と呼ばれていたその土地も、今では崩落後の赤い崖を残すのみとなり、「赤い崖」と呼ばれているという……
「……で、ここがその現場って訳か?」
「何の変哲も無い荒れ地にしか見えませんね……」
辺りの景色を見て微妙な表情を浮かべているカイトたちであったが、独りハンスだけはテンションメーターを振り切った興奮状態で、同僚の呟きも耳に入っていないようだ。
「……ここがグーテンベルグ城を呑み尽くしたといわれる崩壊跡地……あの崖が崩れたんだとすると……残存地形から推定される元の崖の高さは……だとしたら、崩落した土砂量は……堆積土の厚さは……」
――などとブツブツ呟いている。はっきり言って近寄るのを躊躇いたくなる雰囲気なのであるが、ここへ来た目的を考えると、このまま放って置くわけにもいかない。絡み合う視線での相談の結果、パーティリーダーのハンクが一つ咳払いをして、
「……ハンス。……ハンス・ヘンデル! いい加減こっちへ戻って来い!」
耳許で繰り返し強い口調で呼びかけられ、漸く我に返ったハンス。
「あ……はい、どうかしたんですか? ハンクさん」
キョトンとした顔でそう訊ねるハンスに、ハンクは深い溜息を一つ吐いた。
「……感動に浸りたい気持ちは解らないでもないが、今は先にするべき事があるだろう」
「……そうでした。申し訳ありません」
ばつの悪そうな表情で謝罪した後、ハンスは再び崖に視線を向ける。今度はトリップするような事も無く、冷静に地形を眺めていたが、
「……地形から判断した感じでは、多分この辺りじゃないかと」
「よし、それじゃご主人様に連絡を取る。……周囲におかしなやつらはいないな?」
「あぁ、大丈夫だ」
「あたしの探知魔法でも、おかしな様子は感じられないわ」
「解った」
独り馬車に入っていったハンクは、魔導通信機でクロウに連絡を取る。グーテンベルグ城跡と覚しき場所に到着したと。
『解った。すぐにでもそちらに向かう』
――繰り返すが、ハンクたちの乗っている馬車はこれでも歴としたダンジョンであり、そしてクロウはダンジョンマスターの上位職たるダンジョンロードである。
ゆえにクロウは、ダンジョンゲートを開く事で、指揮下にあるダンジョンとは自在に往き来する事ができる。
『さて……案内してもらうぞ』
「は、はぁ……それは構いませんが……その……」
『……どうしても蹤いて来ると言って聞かなくてな……』
……そう憮然と言うクロウの後ろには、無数の精霊たちが舞い踊っていた。




