第二百二十三章 泥縄道路騒動 2.ワレンビーク
ワレンビークに滞在してモルファンの酒情勢を調べつつ、併せてモルファン上層部の動きをそれとなく探っていたハンスたちであったが、その甲斐あってというのか、少し興味を引かれるネタを訊き込む事ができていた。
『モルファンの王都から飛竜が飛んで来た?』
「はい。まぁ、それがここだけの話ならそこまで噂にもならなかったんでしょうが」
魔導通信機でハンクが報告している相手はクロウである。ワレンビークの町ではちゃんとした宿に泊まっている一行であったが、クロウへの報告は馬車の中から、如何にも馬車の手入れをしていますという風を装って為されている。
それというのもこの馬車は、その温和しめの外見からは想像できないが、歴とした一個のダンジョンであり、防諜に関しては鉄壁の守りを誇っていた。ゆえに、「エルダーアンデッドの諜報員」から「ダンジョンロード」への報告というトップシークレットな内容も、安心して口に出す事ができたのである。
『――つまり、そこだけの話じゃなかった訳だな?』
「えぇ。噂に拠れば他の町にも、王都から飛竜が派遣されたそうです」
『ふむ……』
単純に考えれば王都からの緊急連絡だろう。しかし、それくらい魔導通信機を使った方が早いのではないのか?
「あの……ご主人様。魔石を使用する魔導通信機はそれなりに高価なものでして……況して王家との直通連絡用となると、緊急性・重要性の低い場所には配備されていないかと……」
『うん? そういうものなのか?』
「はぁ……。加えて言えばモルファンの領土は広大です。畢竟、通信距離も遠くなる分だけ、魔石の消耗も激しい事になりますから」
使用しなくても劣化していく魔石の補填を地方領主に押し付けるのはイジメです――というハンクの指摘に、魔石くらい王家で支給してやればいいのにと首を傾げるクロウ。
「いえ……ご主人様のように惜しげも無く魔石を支給できる者は、そういないと思いますが……」
領主の私用に使われるのも業腹なのか、王家もその辺りは渋いらしい。
『……済まん、話が逸れたな。王都からの連絡の内容は判るか? もしくは、連絡後に領主がどう動いたか』
「内容は判りかねますが……冒険者たちの噂によると、連絡を受けた各領主は物見を出したようです。何でも、道路の状態を調べているとかで」
『……道路の状態?』
「道路の状態です」
通信機の向こうでクロウが困惑している気配が窺えるが……然もありなん。自分たちも、最初話を聞いた時には困惑させられたのだ。
『……ハンク、お前がそれを報告してきたという事は、王都からの連絡なり指示なりを受けた領主というのは、イラストリアとの国境沿いに領地を持っている連中だな?』
「ご明察です」
『と、すると……近いうちにモルファンからイラストリアへ何かが送られる……それも、馬一頭や飛竜では運ぶ事のできないもの……大量の荷物か人員か? ……そう言えば、イラストリアは雪解け後に〝特別感のある酒〟を希望していたな……』
クロウの呟きを聞いたハンクは舌を巻いていた。これだけの説明で真相――と覚しきもの――に迫り得るというのは、さすが凡俗とは訳が違う。我らが誇るご主人様だ。
「――自分たちが訊き込んだ二つめのネタがそれです。どうやらモルファンは、年明け早々にでも王族をイラストリアに送るようです。一応の名目は留学だとか」
『王族の留学……成る程、件の酒はそのパーティのためか……』
得心がいった様子のクロウであったが、
『……とすると、年内にでも大々的な道路の整備が始まるな』
「……冒険者たちもそう噂していましたが、ご主人様はどうしてそうお考えに?」
『そう複雑な話じゃない。モルファン上層部が確認のために飛竜を飛ばしたという事は、あちらさんも道路状況が良くない事を予想してるって事だろう。でなければ、態々チェックなんかさせんだろうからな』
「ははぁ……」
『ついでに明かしておくとだな、俺は以前にノーランドの関所を訪れた事があるんだが、その時に見た限りでは、関の向こうは道路整備なんかとは無縁のようだったぞ。何か軍事的な理由があるのかもしれんがな』
してみると、年内にでもイラストリアとモルファンの国境近くで、大々的な道路工事が始まる可能性が無視できない。これは……
『……ハンク。モルファン滞在を切り上げて、さっさと赤い崖に向かわんと、あの辺りにモルファンの連中が犇めき合う事になるかもしれん』




