第二百二十二章 シェイカー討伐隊~侵掠者を討て~ 16.討伐戦顛末~誤解と迷推理のフーガ~(その6:イラストリア)
「――いや、ダンジョンって線は無ぇだろう」
カラニガンの宿の一室で否定の言葉を発したのは、ご存知イラストリア不遇コンビの片割れ、クルシャンクであった。
「そうなのか? 終始手の内を見せずにこちらを翻弄する手際は、噂に聞く『双子のダンジョン』に通じるものがあると思うが?」
そのクルシャンクに対して不審そうな反論の声を上げたダールであったが、
「まずな、『双子のダンジョン』がどんなダンジョンなのかは、正確には判っちゃいねぇ。生還者が一人もいねぇってんで危険視されてるだけでな。だから、ここの『洞窟』を『双子のダンジョン』と結び付けるなぁ早計ってもんだ」
「そうなのか? ……いや、通路を加工した痕跡があったから、ダンジョンとは違うのかとも思ってはいたんだが……」
どうにも事情が判らないと、困惑混じりに弁解するダール。しかし、クルシャンクの答は事情をスッキリさせるどころではなく、更なる混乱をもたらすもので……
「あぁいや……そいつもちっとばかり違うんだ。ダンジョン化ってなぁコアの傍から進むから、できて間も無いダンジョンだと、上層までダンジョン化が進んでねぇ――って事もあるんでな」
「……結局どっちなんだ? ここはダンジョンなのか? 違うのか?」
業を煮やしたらしく詰問口調のダールに、クルシャンクが溜息を吐いて言うには、
「……まぁな。そう問い詰められるとアレなんだが……俺の勘が、何となくダンジョンたぁ違うんじゃねぇかって言ってるんでな。入口が幾つもあるってのもらしくねぇし……広間での撃ち合いにしたって、ありゃどう考えても人間の仕業だろ? モンスターじゃなくってよ」
「……ついでに言うと、半分以上は同士討ち臭かったな。……だが、ダンジョンが人間を〝飼っている〟という事は考えられんのか? 以前に聞いた話だとダンジョンとは、ダンジョン本体を造り上げるダンジョンコアと、そこに棲み着いたモンスターとの共生体という事だったろう。なら、共生するのがモンスターでなく人間……という事もあり得るんじゃないのか?」
ややこしい事を言い出したダールに、クルシャンクも難しい顔で唸るばかりである。
だが、住んでいるのが人間でなくエルダーアンデッドという事、ダンジョンの最高管理者がダンジョンコアでなく、ダンジョンロードたるクロウである事などを別にすれば、概ね「谺の迷宮」の実態を言い当てていた。
「……まぁ、その辺りの判断はお偉方に任せよう。我々は見聞きした情報を送るだけだ」
「違ぇねぇ。俺たち下っ端が悩むところじゃねぇな」
・・・・・・・・
「一般的なダンジョンと違うからと言って、Ⅹのダンジョンでないと言い切る事はできません。既に判明しているだけでも、Ⅹのダンジョンは通常のダンジョンと同列には扱えませんから」
イラストリア王城の国王執務室で、落ち着いた――と言うか、しれっとした――表情で言ってのけたのはウォーレン卿である。そしてその周りに集っているのは、いつものように同じ顔触れ……即ち、国王・宰相・ローバー将軍であった。
「……まぁな。一夜で岩山が出来上がったり、そこに現れたのが妙なゴーレムだったり、同じく一夜のうちに二つのダンジョンが並ぶように現れたり、そこに向かった冒険者が悉く消えちまったり……確かに普通のダンジョンたぁ違うわな」
疲れたような口調でローバー将軍が茶々を入れる。その将軍をジロリと横目で睨んで、宰相が口を開く。
「ウォーレン卿はどう考えておる? 件の洞窟はダンジョンなのか、そうでないのか?」
「情報を整理しましょう。奇妙な文言と共に突如として現れた『シェイカー』を名告る集団。その正体については、今以て確たる証拠は得られていません」
ここでローバー将軍が不快そうに鼻を鳴らしたが、口を挟む事はしなかった。
「……続けます。その正体を判断する手懸かりとして、今回の根拠地襲撃には注目していた訳ですが……どこでどういう手違いがあったものか、我が軍の斥候兵が、事もあろうに討伐隊に志願するという挙をしでかしました。
「責任の追及につきましては後ほどさせてもらうとして……ここで問題になるのが、先程の話にも出てきた〝ダンジョンらしくない〟という指摘です。報告した者が冒険者としてそれなりの経歴を積んでいる事を考えると、この意見を軽々しく扱う事はできません。
「そうなると……この件に関する解釈は二つ。一つは、真実ダンジョンではないというもので、もう一つは……」
「ダンジョンでねぇ風に擬装してやがる……って言いてぇんだな?」
意味ありげに言葉を切ったウォーレン卿の後を、無愛想な口調でローバー将軍が続けた。
「そういう事になります。そしてこちらの見解は取りも直さず、『シェイカー』がなぜあのように目立つ出で立ちをしているのかという質問の答にもなり得ます」
「……ダンジョンとは無関係な風を装っておる……ウォーレン卿はそう言いたいのじゃな?」
宰相の発言に、ウォーレン卿は一礼して話を続ける。
「ご明察です。そして、それが意味するところは――」
「ダンジョンと無関係な振りを装っておるというなら、実際にはダンジョンと関係がある……そういう事になる訳だな?」
今度話の続きを引き取ったのは国王であった。ウォーレン卿は再び――幾分芝居気たっぷりに――一礼すると、話を続ける。
「そういう事になります。ただし、これは所謂穿った見方というやつで、実際にダンジョンでないという可能性もある訳です。今度はその場合について考えてみたいと思います」
ややこしい話にウンザリするが、然りとて聞き流していいような話でもない。ウォーレン卿を除く三人はむっつりと頷いた。




