第二百二十二章 シェイカー討伐隊~侵掠者を討て~ 15.討伐戦顛末~誤解と迷推理のフーガ~(その5:テオドラム)
「……だが、『シェイカー』とやらがそこまで大勢ではないとすると、ダンジョンにとっても共存を選ぶ利点は無い筈だな」
「では、問題の洞窟はダンジョンではない……単なるダンジョン跡地という事か?」
抑の話、「災厄の岩窟」と「谺の迷宮」ではコンセプトが全く違う。比較そのものが無意味である。況して魔力大尽であるクロウにとって、ダンジョンの維持コストなど然したる問題ではない。ゆえに侵入者からの魔力回収云々という話は、そこまで重要ではないのだが……テオドラムがそんな事情を知る訳も無かった。
「それに関してだが……件の洞窟では、ダンジョン特有の魔力は感じられなかったそうだ。……あぁ、誤解するなよ? うちの調査員にそういう能力がある訳ではない。イラストリアの冒険者ギルドの協力を得て、試作した魔道具があっただろう」
「……あったな……そう言えば……」
「アレを持って行かせたのか」
「前に送り込んだ調査チームが全滅した事があったし、念のためにな」
〝魔道具作製に協力してくれたイラストリアの冒険者ギルド〟とは、実はバレンの冒険者ギルドの事であった。バレン襲撃の一件からこの方凋落と衰退の著しいバレンでは、テオドラムの冒険者ギルドが持ちかけた協力の話に飛び付いた。その協力の一環として、ダンジョンの魔力を感知する魔道具を提供していたのである。商務卿はその試作品を経済情報局の調査員に持たせておいたらしい。
ちなみに、「谺の迷宮」でダンジョンの魔力が感じられないのは、実はクロウがウィスプに指示して、擬装のために余分な魔力を吸収させているからなのだが……テオドラムは当然その事を知らない。ゆえに「シェイカー」のアジトは、少なくとも現役のダンジョンではないのだろうと結論していた。
「少し話が逸れたが……続けるぞ? 『シェイカー』は通路内にトラップを仕掛けて行動を阻害してきたが、それらのトラップは――嫌らしさの点では群を抜いていたらしいが――致死的なものは無かったそうだ」
「……何?」
「どういう事だ?」
トラップによる攻撃が致死的なものでないとすると、抑何のためにトラップを仕掛けたのか。
「それなんだが……うちの調査員の考えでは、敢えて殺さない事によるメリットが存在するそうだ」
負傷したとは言え生きているのであれば、当然その生命を全うすべく手を尽くすのが当たり前である。ただ……それが部隊にとって負担になるのも事実なのであった。
負傷者を連れて行こうとすれば、当然部隊の機動力は損なわれる。置いて行くのであれば、然るべき人数の護衛や世話係を残さねばならない。負傷者は部隊保有の医薬品や食糧を消耗する一方で、部隊の戦術目的達成には何も寄与しない……
――という説明を聞かされて外務卿は苦り切った顔だが、軍務卿の方はそれ程でもなかった。職掌柄、似たような事を考えた事があるのだろう。寧ろ軍務卿の関心は、ただの成らず者と思っていた「シェイカー」が、はたしてそこまでの戦略を使い熟し得たのかという点にあるようだ。
「うちの調査員は、『シェイカー』どもが徹底して姿を隠したのも、同じ理由によるものだろうと考えている。向こうの情報が判らないというだけで、こちらの動きは大幅に掣肘を加えられるからな」
「……その見解が事実であるとすれば、確かに狡猾、かつ経済的だな」
「だが、広場で行なわれたという乱戦はどうなるのだ? 乱射乱撃雨霰の如しであったそうだが?」
「うちの調査員の話では、そのうち半分くらいは同士討ちによるものだそうだ。少なくとも、その可能性が高いと言っている」
「敢えて同士討ちを引き起こし易い状況に持っていったという訳か……」
「経済観念ここに極まれりだな……」
それにしても――と、軍務卿は思う。
経済というフィルターを通すと、同じ出来事がこうも違って見えるものか。これは……今後も経済情報局とは協力を深めた方が良いか?
「……残り半分ほどは『シェイカー』とやらの攻撃か?」
「実際に『シェイカー』からの攻撃もあったのだな?」
「あったらしい。兵の気配がしない場所からの狙撃が何度があったそうだ。それも、それぞれ異なる方向からの狙撃がな」
「同士討ちに油を注いでくれた訳か……」
全く……どれだけ狡猾な連中なのか。
「ただし――だ。調査員の意見では、今回は偶々同士討ちという経済的な作戦を採ったが、これは本来の迎撃計画とは違っている可能性もあるという」
「……どういう事だ?」
「あぁ。寄せ手を広場に誘い込んだ上で、四方八方からの集中狙撃によって殲滅するというのが、本来の迎撃計画ではなかったかと言っている。少なくとも、そういう迎撃法も可能であったと」
「なんと……」
「どこまで周到な計画を立てているのだ……」
これは寧ろテオドラムにリクルートすべきではないのかと、半ば本気で考え始めた外務卿であったが、他の二人の会話を聞いて我に返る。
「そこまで周到な戦術・戦略に従っているという事は……」
「……そうまでして守らねばならぬ何かがある――という事だろうな」




