第二十九章 王都イラストリア 2.国王執務室(その1)
ヴァザーリ戦が王家にどのように受け取られたのか……。
ヴァザーリ伯爵領で起きた戦いの知らせは、執務室のいつものメンバーに驚きと困惑と、そして深い疲労感を与えた。
「聖気を纏ったスケルトンドラゴン……これが魔族の隠し球なのか?」
「隠し球なのは確かでありましょうが……これは……相手が本当に魔族なのかどうか怪しくなってきましたな」
国王と宰相のぼやきに答えるかのようにウォーレン卿が発言する。
「黒幕が魔族であるという決定的な証拠にはなりません。スケルトンドラゴンの特異性に目を奪われがちですが、アンデッドを操る程度なら人間にもできます」
「ほう?」
「アンデッドとスケルトンモンスターを操るだけなら、死霊術師がいれば可能でしょう。ただ、これは以前にもローバー将軍と話した事なんですが、件の足跡の件も考え併せると、魔術師集団のような小さなレベルではなく独自の文化を持つ国家規模の集団を想定するのが妥当です」
「例えば魔族、じゃな」
「はい。モローのダンジョンで死んだ筈の勇者がアンデッドとなって町を襲ったことからも、ダンジョンとの繋がりは明らかです。魔族の関与が示唆されますが、問題は魔族全体が関わっているのか、一部の者だけが動いているのか判らない事です。ただし、そのつど犯人とか黒幕とか言うのも紛らわしいので、便宜上Ⅹと呼称することを提案します」
「Ⅹか……それでよいであろう。皆もそれでよいな?」
国王の問いに頷いて、異議のない事を示す二人。これ以降、クロウたちはⅩのコードネームで呼ばれる事が決まった。
「魔族……じゃねぇ、Ⅹの連中がモンスターを懸命に隠そうとした理由が不明って言ってたが、こいつがその理由ってやつじゃねぇのか? ウォーレン」
「可能性は高いですね。これなら隠そうとした事も理解できます。見られたら大騒動でしょうからね」
「と、すると、いつぞやモローの近くで騒ぎになった気配というのもこれか?」
「その可能性もやはり高いですね。最終日に確認された、何かと戦っていたような気配というのは、Ⅹがアンデッドとして使うために逸れドラゴンを狩ったのでしょう」
「アンデッドにするためにわざわざ狩ったってぇのか……」
「ドラゴンを召喚できるなら、それこそわざわざ手間を掛けてアンデッド化する理由がありませんからね。偶々見かけた逸れドラゴンを、手駒として使うために狩ったのでしょう」
一時の衝撃からようやく立ち直り始めた面々が、スケルトンドラゴンについて議論してを進めていく。アンデッド勇者は雑魚扱いらしい――無理もないが。
「屍体であればドラゴンすら操れるってこたぁ……」
「それ以下のモンスターなど余裕でしょうね。屍体さえあればいいなら、従魔化の手間も不要ですし。場合によっては冒険者に依頼してもいいわけです」
「厄介だな、死霊術師ってやつぁ……」
「ええ、ですが今は話を戻しましょう。あるかもしれない脅威よりも、現在確定している脅威の方が先です」
余計な方向へ脱線し始めたローバー将軍の発言を、ウォーレン卿が ばっさりと切って捨てる。重大な懸念事項なのは解るが、今はドラゴンの話である。これ以上ややこしい問題を背負い込んでたまるか。
「このスケルトンドラゴンは単なる戦力として以上に厄介です。聖魔法を纏っている事などから神の使いと見られているようです」
「ウォーレン、お前はどう考えてるんだ?」
「Ⅹの正体について詮索するのは、今は時間の無駄です。問題は、Ⅹがわざわざこのような姿のスケルトンドラゴンを持ち出した理由でしょう」
「続けろ」
「少なくとも一般には、聖魔法を纏ったモンスターは神獣あるいは聖獣であると見なされます。納得のいく説明無しにこのスケルトンドラゴンに対する敵対を表明した場合、まず間違いなく民衆の困惑と、下手をすれば民心の離反を招くでしょう」
「われわれはこのスケルトンドラゴンに対して打つ手がないという事か……」
「あくまで何もしないままでは、です」
「だが、一体何ができるというのだ?」
「まて、宰相。それよりも余はⅩがこのようなスケルトンドラゴンを持ち出した理由について聞きたい」
国王の追求に寸刻躊躇ったウォーレン卿であったが、少しの間をおくと観念したように言葉を続けた。
「ヴァザーリ伯爵領でお披露目した理由が不明ですが、スケルトンドラゴン自体は一見した以上に戦略的な意味を持っています。……正直、考えたくはありませんが、このスケルトンドラゴンが民衆の煽動を狙っているとすれば……」
「おい、それって……」
「はい。民衆を煽動しての国家転覆を謀っている可能性があります」
誤解と混乱の続きは次話で。




