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第二百二十二章 シェイカー討伐隊~侵掠者を討て~ 13.討伐戦顛末~誤解と迷推理のフーガ~(その3:ヴォルダバン)

 カラニガンの冒険者や商家の護衛からなる討伐チームは〝同士討ちなど無かった〟としているが、そうでない事を察知して、それをきちんと報告している者たちもいた。各国が派遣した密偵たちである。



・・・・・・・・



「ふむ……カラニガンからは、〝賊徒は中隊規模の兵力を有しており、自分たちの手には余る。一刻も早く国軍を派遣してほしい〟――という要望が上がっているが……?」



 討伐隊の派遣が惨憺(さんたん)たる失敗に終わってから数日後、ヴォルダバンの国軍情報部の一室で、この問題の担当者に任ぜられた中間管理職の一人が、討伐戦の視察から戻った部下の話を聞いていた。

 そして、上官の疑念に答えるように部下が返したのは――



「そうは思えません」



 ――という否定の言葉であった。



「……違うと言うのか?」

「自分も戦況の全体を()(かん)できた訳ではありませんから、確たる否定の根拠は出せません。ただ、敢えて中隊規模の兵力を想定せずとも、今回の結果を説明する事は可能であると考えます」

「ほぅ……?」



 どうやらこの部下は、〝説明は可能な限り単純なものを採択すべし〟という原則に従って、カラニガン当局の報告に異を唱えるつもりらしい。

 興味を引かれた上官は、身振りで発言を続けるように促す。



「では……まず、討伐隊の主張には、『同士討ちによる被害』という観点が抜けています。大っぴらに言える事ではない上に、部隊がバラバラに散開して動いていたため、事実関係が確認できなかったためでしょうが」

「……同士討ちによる被害は大きかったと思うのか?」

「自分のいた一角から見た限りでは、冒険者たちが撃っていたのは別行動をとった冒険者のチームのようでした。……少なくとも噂に聞くような、奇態な衣装ではありませんでした」



 何しろ「シェイカー」の名を一躍有名にしたのは、一にかかってその衣装にある。

 〝(どく)()風の黒マスクに全身黒ずくめの衣裳、腰の飾りは双頭の死神、更に武器は二丁の鎌〟……などという、現実どころか芝居にすら登場した事の無い異装である。仄聞(そくぶん)するところによれば、どこぞの町でどこぞの劇団が同じような衣装の一団を芝居に登場させようとして、当局から自粛を求められたというが……()もありなんと思える話だ。

 そんな()()ちの者が敵陣にいたら、これは見間違えよう筈が無い。



「……では、『シェイカー』からの攻撃は無かったと?」

「いえ、必ずしもそうとは言えません。冒険者が隠れていそうにない……と言うか、人の気配の無い物陰からも、攻撃が飛んで来ましたし」



 クロウが力を注いだ「自動反撃システム」の真骨(しんこっ)(ちょう)は、兵を伏せてありそうにない場所から()反撃が返って来る点にある。これによって兵力の把握・算定を困難にしてやろうとの(もく)論見(ろみ)であったが……どうやら所定の目標を達し得たようだ。



「つまり……『シェイカー』には洞窟内で充分な迎撃戦を展開する能力があった事になる。にも(かか)わらず、貴様が大兵力説を容認しない理由は何だ?」

「我々は洞窟内に侵入する前に、敵陣の前で一晩夜営せざるを得ませんでした。もしも『シェイカー』が我々の殲滅(せんめつ)を企図していたのなら、この時に襲って来なかった理由は何でしょうか? 洞窟の外であれば、大兵力の運用に充分な広さも確保できた筈ですし、何より各個撃破の好機であった筈です」

「む……」

「その策を採らなかったからには、(しか)るべき理由があった筈です」

「……人数が少ないというのが、その答という訳か……」



 ()(へい)(もっ)て討伐隊に当たるために、まず迷路を用いて部隊の分断を図った。少人数に分かれた討伐隊を確実に(たお)すため、洞窟内に()()り込んでの奇襲を狙った……と考えるなら、ここまでの「シェイカー」の行動は説明できる。……敢えて大兵力を仮定する事無く。



「……洞窟内に仕掛けられていたトラップが、(いず)れも威力の低いものだったのはなぜだ?」



 「シェイカー」の挙動で不可解だったのはこの点だ。カラニガンの当局は、殺さずに進行を遅らせる事だけを狙った――という解釈で説明したが……目の前の男はどう答える?



「単に間に合わなかっただけでは?」

「……何だと?」

「カラニガンの連中は、〝迎撃のためのトラップ〟という視点に(こだわ)っているようですが、あれらの小径は「シェイカー」にとって非常時の待避路であり、同時に生活道路でもあった筈です。そんな場所に、平生(へいぜい)からトラップを仕掛けておくとは思えません」

「む……」

「大慌てで間に合わせのトラップを仕掛けたため、致死的な毒などの手配が間に合わず、足止め程度のものに終わった……という説明も付けられる筈です」

「むぅ……」

「その点で言うなら、我々が複数ある経路のほぼ全てから進入して来たというのも、彼らにとっては予想外であったかもしれません」

「むぅぅ……」



 上官は、目の前の男の力量に感心すると同時に、その有能さを(のろ)いたくなった。


 同じ状況と同じ情報から、カラニガン当局の説明とは真反対な解釈をしてのけた。見事と言う他は無いのだが……上官の胸中は複雑である。


 シェイカーの戦力を過小評価するのは褒められた事ではないが、()りとてカラニガン当局の言い分を鵜呑みにする訳にもいかぬ。批判的検証の材料としては、充分以上に使えるだろう。


 ただし……カラニガン説に加えて偵察員の見解が加わった事で、検討すべき仮説は倍増した。つまり自分の仕事が増えた。怨み言の一つも言ってやりたいところだが、それをしないだけの分別(ふんべつ)は上官にもある。



「……ご苦労だった。貴様の仮説は我々の方で、(しん)()に検討する事を約束しよう。……下がって宜しい」

「――はっ!」

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