第二百二十二章 シェイカー討伐隊~侵掠者を討て~ 10.ダンジョン防衛戦~決着~
『成る程……そういう訳だったか』
万一の用心にと洞窟内に張り巡らせておいた伝声管で、密偵の呟き――と言うか、愚痴――を盗み聞きしたクロウは、大凡の裏事情を察する事ができた。
『この間「還らずの迷宮」にやって来た密偵たちが逃げ隠れの技術に特化していたのも、元々がそういう立ち位置だったからか』
戦闘行為や破壊工作ではなく、経済情報の収集と生還に特化していたというなら、嘗て「還らずの迷宮」に侵入し――て殺され――た密偵たちの事も納得できる。あまりにもダンジョンアタックの技倆が低過ぎる事に、不審を抱いていたのだが。
そうすると……
『他のやつらの正体も、同じような任務を受けた密偵という訳か』
テオドラムの密偵以外にも、おかしな素振りをしている者は数名いた。イラストリアの二人を抜きにしてもである。事情が判らず訝っていたのだが、彼らが「シェイカー」の情報収集のために各国が派遣した密偵であり、戦闘よりも情報収集と生還を第一に考えているというなら、あのような振る舞いも寧ろ理に適っている。
何しろあの連中ときたら……
『然り気無く他の冒険者からは、距離を取ってますよね。主様』
『巻き込まれて堪るもんかって感じが見え見えね』
『攻撃にもぉ、参加してなぃしぃ』
『剣を構えて、それっぽい動きだけはしてるけどね』
詳しい事情は判らないなりに、ここは手を出さない方が賢明と判断したらしい。
『それだけでなく、少しずつ道の奥へと戻っておりますな』
『けど、自分たちだけで逃げ帰ったりはしないのね』
『単独で……帰還するのは……難しいと……考えて……いるのでしょう……』
『ここまで来るのに、散々な目に遭っておる訳じゃからのぉ……』
非致死性の罠が大半であったとは言え、尋常でなく多数の罠に出会したのである。単独で帰還するのは難しいと判断しているのだろう。それでなくてはとっくの疾うに、雲を霞と逃げ帰っていても不思議は無い。
『まぁ、情報を持ち帰るという任務の事を考えると、適切な判断ではあるんだが……しかしそうすると、やつらはこの後どう動く?』
帰還するのが大前提なのに、単独での帰還が難しいとなると、全員での撤退しか選ぶ道が無い。しかし、今の状況で撤退を進言したところで、
『同意して撤退するかどうかが判らんな……』
『いえ……冒険者チームの……意思は……撤退に傾いて……いるようです……』
『うん? そうか?』
雇い主から盗賊討伐を厳命されている護衛たちと違って、冒険者ギルドは元々この討伐に乗り気ではなかった。それもあって冒険者たちは、現在の兵力では討伐は困難だとして、早々の撤退を考えているらしい。
『……こうなると、護衛たちのチームと別行動なのが幸いか』
『密偵さんたちも、全員が冒険者チームに参加してますしね』
『そうすると……護衛たちから成るチームだけを相手にする訳か?』
『いえ……彼らも撤退するようですね』
その言葉どおり、討伐隊は各々の判断で撤退を決め――後には不完全燃焼の戦闘員たちだけが残されたのであった。




