第二百二十二章 シェイカー討伐隊~侵掠者を討て~ 9.テオドラム諜報員事情
「うちの調査員? ……確かにヴォルダバンにも派遣しているが?」
時ならぬ時にレンバッハ軍務卿とトルランド外務卿の訪問を受けたマンディーク商務卿は、持ち出された問いかけに困惑の声を返した。
小生意気にも「シェイカー」を名告る成らず者たちによる間道封鎖。その経済的影響を探るために、経済情報局の調査員をヴォルダバンに派遣したのだが、それが何か問題だというのか? 文句を言うなら派遣する前にしてほしかった――と、内心でぶん剥れかけた商務卿であったが、続いて口に出された依頼の言葉には困惑するしか無かった。
「討伐任務? ……うちの調査員に? 本気で言っているのか? 金勘定が専門の、荒事とは全く無縁の行商人上がりだぞ?」
こいつら正気かと言わんばかりの目つきで凝視する商務卿を前に、話を持ち出した軍務卿と外務卿も居心地悪げである。だが、居心地は居心地として、この依頼は何としても受けてもらわねば困る。申し訳無さそうな二人の説明に拠れば――
「……成る程、カラニガンの商人たちが、『シェイカー』とやらの討伐を計画していると……ヴォルダバンが言って寄越したのかね?」
「そうだ。仮にも我が国との国境付近に、武装勢力を派遣する事になるのでな。誤解の無いようにと通達してきた」
「――で、我が国としては兵士の派遣はできぬ訳だな?」
「兵力の余裕を云々する以前に、現在の状況でそんなややこしい真似はできん。ただでさえ近隣国との間がおかしくなっているのだ。これ以上の面倒は、外務卿として認められん」
素より仮想敵国のイラストリア・マーカス・モルヴァニアとは、このところ緊張状態が続いているし、忌々しい贋金貨のせいでアムルファンとの仲もおかしくなった。今や円満な外交関係を保っている唯一の隣国が、件のヴォルダバンなのである。ここでその関係をぶち壊すような真似など、欠片たりともできよう筈が無い。
その主張には理解も共感もできるのだが、それがどうして経済情報局に繋がってくる?
「さっきも言ったが、うちの調査員の任務は基本的に経済情報の収集であり、その手段は専ら観察と訊き込みだ。盗賊討伐のような荒事は考えていないぞ?」
「それは知っている。だが、全くの素人ばかりという訳でもないんだろう?」
「それはまぁ……自衛の能力ぐらいは必要だからな」
実際に、イラストリアへ派遣した密偵は冒険者上がりだったし。
「本来、こういった任務に投入する事は考えていないんだが……」
「それは重々解っている。だが、他に振り向けられる人員がいないのだ」
なぜ自前の諜報員を動かさないのかという商務卿の質問に、渋い顔付きで軍務卿が答える。
「我々も諜報員は送り込んでいるが、それらは何れも浸透工作員だ。下手に動かす訳にはいかん」
「その一方で、『シェイカー』を名告る不審者どもの事を探る千載一遇の好機でもある。これを無視する訳にもいかん」
「と、なればだ。他に諜報員を派遣している部局の協力を願うしか無い」
「それが経済情報局だという訳か……」
事情を理解したマンディーク商務卿は、戦闘行為には極力関わらないという言質を取った上で、調査員を差し向ける事に同意したのであった。
「……一つ貸しだぞ?」
――という台詞とともに。




