第二百二十二章 シェイカー討伐隊~侵掠者を討て~ 7.ダンジョン防衛戦~侵掠者を討て(笑)~(その2)
さて、ダンジョン跡地――少なくとも、討伐隊の認識ではそう――への進入前から予定を狂わされて当惑している討伐隊であったが、実は迎え撃つクロウの側にも、新たな誤算が生じていた。
分断されて各個に侵入してきた討伐チーム、彼らが大広間への入口に辿り着いたのはいいとして、各々そこから出ようとしないのである。
討伐隊をダンジョンの奥へと引き込んで潰すつもりのクロウとしては、大きく当てが外れた格好である。
『いや……奥へ進入するどころか……』
『大広間に入ろうともしませんね』
『恐らくですが、罠を警戒しているのでは?』
『ここまで散々虐めましたもんね……』
『何だよ? ダンジョンならあれくらい普通だろうが』
『ご主人様……公式にはここは〝ダンジョン〟ではありませんから』
『少なくとも……討伐隊の……意識から……それが……すっぽりと……抜け落ちていた……可能性は……あるのでは……』
『あぁ……そういう事か……』
単に盗賊討伐のつもりでいたら、予想外の罠に引き摺り廻されて、挙げ句に少人数での敵地侵入を強いられているのだ。多少は慎重になるのも解るというもの。
『しかし……それはともかくとしてだ。……あいつら、何で合流しようとしないんだ?』
分断された各チームが、幸運にも友軍と邂逅できたのだ。なにを措いても合流を果たすのが定跡ではないか?
クロウたちの疑問は、ダンジョン内に仕掛けられた諜報システムが解消してくれた。
あろう事か討伐隊の各チームは……
『……あいつら、本当に……互いに味方だと解ってないのか』
盗賊側の待ち伏せを警戒した結果、別ルートの出口に辿り着いた友軍を、身を潜めている敵ではないかと疑っているらしい。
確かに、友軍の振りをして近付いて不意を衝くのは、盗賊側の手口としては定番な気もしなくはない。
『あいつら、通話の魔道具とかは持って来ていないのか?』
『ああいった魔道具は、それなりに高価ですから……』
『予算が足りなかったんじゃないですか? 主様』
『世知辛い話ですねぇ』
『しみったれめ……しかし、せめて合い言葉ぐらいは決めて無かったのか?』
『向こうもこういう展開は予想してなかったのかもしれません』
『想像力っていうのが足りてませんよね』
百歩譲ってそこまでは認めるとしても――である。同じ討伐隊に志願した仲間同士なんだから、顔を見知っている者ぐらいはいる筈ではないのか?
『多分、そういった顔見知り同士で集まった結果……』
『他のチームに顔見知りがいなくなった訳か……』
『で、敵味方の区別がつかないと』
『間抜けな話よねぇ……』
『全くだ』
第三者として傍から眺めているなら笑って済ませられる話であるが、当事者として待ち構えているクロウにしてみれば、敵が間抜けなせいで膠着状態が続くなど、容認できる話ではない。折角の準備が無駄になる。自動反撃システムの実地試験はどうなるのだ。
『あの馬鹿どもを、せめて大広間に引き摺り込んでやらなきゃ話が進まないんだが……』
『亀のように閉じ籠もって出ようとしませんな……』
『あいつら、討伐隊としての自覚があるのか?』
ダンジョン史上、こんな厄介な敵がいただろうか? いや、いない――と、理不尽な思いで苦虫を噛み潰していたクロウであったが、
『マスター、あいつら、ちょっと突いてやったら、バルブが弾けたりしませんか?』
『キーン、〝バブルが弾ける〟――な。……だが、言い方はともかくとして、提案そのものは悪くないな』
見た感じでは、討伐隊各チームの緊張とストレスは限界に達しつつあるようだ。些細な切っ掛けを与えてさえやれば、勝手に暴発してくれるかもしれない。
では――どうやってその〝切っ掛け〟を与えるか。
『マスター、僕らがこっそり近付いて、魔法をぶっ放すっていうのは?』
『却下だ。あいつらの余裕の無い様子を見ると、即座に乱戦になる可能性が無視できん。そんな危険な場所にお前らを行かせられるか』
隠蔽された銃座でもあれば話は別なのだが、生憎とこういう事態は想定していなかったため、そこまでの準備はできていない。
『……やつらの事を笑えんな。天井に銃座くらいは造っておくべきだったか』
『ダンジョンマジックで今から造るのは駄目なの? クロウ』
『ここは公式にはダンジョンでない事になってるからな。万一魔力の動きに気付かれでもしたら、ダンジョンではないかと疑われるかもしれん。その危険は冒したくない』
『だとすると、例の「霧」も使えませんか』
『あれは有効な手段なんだがな。ベジン村でも役立ってくれたし。……薄く稀釈したやつを、侵入ルートの途中にでも仕込んでおくべきだったかもしれん』
今後の課題は次々と出るのだが、今現在の窮状を打開する役には立ちそうもない。どうしたものかと思案していたところへ、ならば自分がと名告り出た者があった。
『エコー? ……そうか、やつらを刺激してやるだけなら、何も実体がある必要は無い訳か……』
「百鬼夜行」でも活躍してくれたエコーの音魔法なら、この場には打って付けかもしれぬ。試してみてもいいだろう。




