第二百二十二章 シェイカー討伐隊~侵掠者を討て~ 2.討伐隊編制前夜(その2)
先述したような理由から、ヴォルダバンにせよテオドラムにせよ、国軍の派遣には及び腰である。どころか、カラニガンの領軍を動かすのすら躊躇われる。傭兵という手も無いではないが、こちらもあまり大規模に集めると面倒な事になるのは、正規兵の場合と同じである。となると、残る選択肢は冒険者しか無い。
ところが……生還者たちが身振り手振りに声色の熱演まで添えて触れ回ったせいで「シェイカー」の手並みが知れ渡っている上に、被害自体が限定的――なぜか「シェイカー」は一般人は襲わない――なため、冒険者ギルドは討伐に乗り気ではなかった。困っているのは商人たちだけではないか。もしも「シェイカー」の反撃によって冒険者に無視できない被害が生じたら、その影響を受けるのは冒険者ギルドだけではなく、冒険者の働きに依存している市民たちである。そこまでの危険を冒す訳にはいかない。
渋り続ける冒険者ギルドを、通常より高い報酬を払う事でどうにか懐柔・説得し、討伐隊の編制に持ち込んだのである。
――この動きに反応したのが、周辺の領主や国々であった。
ヴォルダバンにせよカラニガンにせよ、本気で「シェイカー」を攻め滅ぼそうなどとは考えていない。どこか他所に動いてくれれば充分だ……と、思っているのはバレバレである。だが、カラニガンはそれでいいかもしれないが、〝どこか他所〟の候補になるかもしれない周辺諸国――ついでに、ヴォルダバン内の他の町――としては堪ったものではない。温和しく被害者に甘んじてくれていれば、然るべき見舞金ぐらいは出したものを……などと身勝手に憤慨しても後の祭り。各々にとって「最悪の事態」が生じるのを防ぐため、密かに物見の兵を出す事になったのは、当然と言えば当然の成り行きであった。
斯くの如き次第でカラニガンの町は、今や周辺各位の思惑渦巻く謀略の巷と化していたのであった。
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――と、いうような情報を探り出してクロウに注進に及んだのは、彼の地に住まう精霊たちであった。
何しろクロウが提供する精霊門は、ものの見事にテオドラムを取り囲むように配置されており……つまりはテオドラムをスキップする形で、大幅な移動距離の短縮が可能であった。ここカラニガンの近くに住まう精霊たちも、無論の事その恩恵を受けている。それゆえに、大恩人――つい最近、特殊効果および演出の師匠という肩書きも加わった――たるクロウに不利益が生じる可能性を見過ごす事などあり得なかった。
そして、シャノアを通してその報告を受けたクロウは、
『ほぅ……丁度好いモデルケースが向こうからやって来たな』
――そう北叟笑むと、「間の幻郷」から「スリーピース」ことダン・ジョン・マストの三精霊を呼び寄せ、カラニガン地下への諜報トンネル設置を命じたのであった。
諜報トンネルそれ自体は、既にガット村で実用化と実地試験を済ませている。とは言え小さな村ではなく、それなりに大きな町での運用となると未経験だし、好い機会だからここで試験をやってしまおう……というのがクロウの判断であった。そして、ダンジョンマスターとしての経験を積ませるために、「間の幻郷」のダンジョンマスター見習いである三名を呼び寄せたのであった。通常のダンジョンマスターの仕事ではないのではという向きもあろうが、何しろ「間の幻郷」自体が――クロウのダンジョンの例に違わず――通常のダンジョンとは異なるので、誰も不思議には思わないのであった。
そういう経緯でカラニガン地下に設置された諜報トンネル網であったが、その一つが偶然にも冒険者ギルドの地下を通っていた。掘削した後でそれに気付いたクロウたちは、安全を取ってトンネルを閉鎖すべきかどうか悩んだのであったが、件のトンネル自体が極めて細く、仮に発見されたところで何かの小動物が掘ったものと判断されるだろうとの意見もあった事から、試験的に運用を続けてみたのである。
その結果、小動物の仕業と誤認されるどころか、トンネルの存在自体に気付かれないという貴重な戦訓を得たのであったが、
『まぁ、次もこういう幸運に見舞われるとは限らんからな。今後トンネルの配置に関しては、事前に偵察を行なって決める方が良いだろう』
――と、飽くまで用心深いクロウなのであった。




