第二百二十二章 シェイカー討伐隊~侵掠者を討て~ 1.討伐隊編制前夜(その1)
本章は少し長くなります。
『クロウ、トーバツタイっていうのが愈々やって来るみたいよ?』
『ほぅ? 漸くのお出ましか? それでは一つ、お手並み拝見といこうじゃないか』
シャノアからの報告を受けて、悪役っぽい表情で悪役っぽい台詞を吐いたのはクロウである。数多のダンジョンを統べるダンジョンロードとしては、確かにあるべき姿なのだろう。だが……それをこうまで芝居気たっぷりに演じてのける必要がどこにあるのか?
クロウに――或いはキーンでもいいが――そう訊ねたら、恐らくは「様式美」という答えが返って来たに違い無い。
何しろ、クロウはこれでも物書きの端くれ。様式美というものには煩いのである。ゆえにこうして、秘密基地の司令室に居座って、敵がやって来るのを待ち構えているからには、そのシチュエーションに相応しい振る舞いというものが要求されるのである……少なくとも、クロウたちの主観と基準では。
まぁ、クロウのロールプレイについては措くとして、ここまでの経緯というものについて説明しておくとしよう。
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どこぞの〝世界征服を企む悪の秘密結社〟が、碌に商人も通わぬような田舎の間道脇に拠点を構え、通行する商人の一部を脅して金品を奪って被害を与え……それと同時に、関係各位の首を捻らせ続けている件については既に述べた。
どう考えても山賊働きには過剰な戦力を、こんな田舎に留め置くのはどういうつもりか。何でも彼らの主張によると、その正体は〝帝国主義者に抑圧されて苦しむ同胞の解放〟を謳う、〝世界征服を企む悪の秘密結社〟であるらしいが……所信表明が矛盾と錯誤に満ち満ちているのは別にしても、戦力的に明らかに不相応な一団をこんな僻地に配する理由が解らずに、当事国たるヴォルダバンもテオドラムも困惑せざるを得なかった。傍観者たるイラストリアやマーカス、モルヴァニアに至っては言うまでもない。
ただし、困惑だけでは済まないのが、国際政治も含めたこの手の事態の定番である。
最初に動いたのは、「シェイカー」の存在によって直接的な不利益を被っている者たちであった。すなわち、件の間道を使ってテオドラムの砂糖を仕入れていた、カラニガンの商人たちである。
ヴォルダバンは沿岸国、言い換えると舶来糖の直接の輸入国であるとは言っても、舶来糖が高価なのに変わりは無い。なので安価なテオドラムの甜菜糖にも、そこそこ以上の需要があった。ゆえにテオドラムにとっても、ヴォルダバンはお得意様であったのだ。
そのテオドラム糖の輸出先だが、このところイラストリア相手の取引は――砂糖に限らず――冷え込んでいる。理由の一つとしてノンヒューム糖の存在があるが、こっちは生産量が需要に対して圧倒的に足りておらず、まだイラストリア国内と、一部がマナステラに流れる程度である。テオドラム糖の牙城を崩すほどの生産力は無い。
マーカスでは一部の商人がマナステラ経由で少量を仕入れているようだが、元々マーカスはテオドラムの砂糖など買っていなかった。マーカスがイラストリアに接近を図っているらしいのは不愉快だが、それも予想された展開ではある。テオドラムの視点では、大勢に影響は無かったのである。
対してヴォルダバンはテオドラムのお得意様であり、その供給ルートが不安定化するのは望ましくない。ヴォルダバンにしても、噂のノンヒューム糖が自国まで廻って来ない現状では、テオドラム糖の入荷が滞るのは好ましくない。
テオドラムへ通じる街道はもう一つ、サガンから廃村アバンを通ってウォルトラムに至るものがあるのだが、そっちを使うとカラニガンの商人たちの利益にはならない。
――と、斯様な訳でカラニガンでは、商人たちが通商路の安全確保を訴えて行動を起こしたのであった。
が――突き上げを喰らって迷惑したのは、カラニガンの上層部である。
逃げ帰った者――なぜか未だに死者は出ていない――の証言からするに、「シェイカー」とやらは手並みも装備も相当なものだ。一介の地方都市が用意できる戦力では、容易に討伐できそうな気がしない。
こういう場合は国の支援を仰ぐのが定跡なのだが……何しろ場所が場所、テオドラムとの国境の直ぐ近くである。迂闊に兵を動かすのは躊躇われる。テオドラムに対する軍事行動と思われて――或いは、そう言い掛かりを付けられて――テオドラムが逆侵攻を図る可能性とて捨てきれないではないか。
国際政治の観点から見てそれは少ないと言われても、実際に矢面に晒される当事者としては、癇癪持ちの虎の尾を踏むが如き真似は遠慮したい。
恐らくはテオドラムもややこしい事になるのを嫌ったのであろう、兵力の派遣を申し出る事は無かった。
しかし……それはそれとして、あからさまにテオドラム批判の声を高々と上げる「シェイカー」をこのまま放置しておくというのは、ヴォルダバンにとってもテオドラムにとっても、看過し得るものではなかった。
――では、どうするべきか。
新作「ぼくたちのマヨヒガ」、本日21時に投稿の予定です。今回は少し趣向を変えて、ローファンタジーものになります……一応。宜しければご笑覧下さい。




