第二百二十一章 お菓子とビール 7.マナステラドワーフ事情(その2)
「ドワーフたちが温和しいのは助かるが……不気味と言えば不気味だな」
「それもあるが……ドワーフたちの行動が変わったという報告は届いているか?」
「いや……初耳だが……行動が変わった?」
〝硝石の存在は絶対に表に出すな〟――と、クロウの意を受けた連絡会議からきつく申し渡されている事もあって、ドワーフたちの機密保全は厳重を極めた。硝石は自宅の金庫――鍛冶仕事を営むドワーフたちは高価な金属を扱う事も多いので、大抵は仕事場に頑丈にして厳重な金庫を備えている――に厳重に封印されており、その保全のためだけに連絡会議は専用の魔法陣を開発したくらいである。
そしてドワーフたちも当然ながら、硝石による冷却は自宅のみで秘密裡に行なっていた。まるで非合法の嗜好品を扱うかのように。その結果……
「今までドワーフたちは店頭で、冷水で冷やしたエールを飲んでいた」
「あぁ、そうだったな」
冷水で冷やしたエールに群がるドワーフたちは、ここマナダミアでも夏の風物詩となっていた。店頭にはドワーフ用に椅子とテーブルが置かれていたくらいである。
「ところが今年は違う。店頭で飲んでいる連中も勿論いるんだが……エールの小樽を買って帰る者が増えている」
「何? ……どういう事だ?」
これまでにだってエールを買って帰るドワーフがいなかった訳ではない。ただし、その数は決して多いとは言えず、その連中にしても店頭で飲み足りない分を買って帰るという程度であった。
しかし、今年は違う。
「どちらかと言うと買って帰る者の方が多数派で、そのついでに店頭で飲んでいくという感じらしい。売り上げとしては変わらんので、店の方もあまり気にしてはいないようだがな」
「ふむぅ……」
ちなみに、ドワーフ人口の多いマナステラであるが、取り立ててビールの供給面で優遇されている訳ではない。連絡会議の本部があるイラストリアでさえ、需要を賄い切れていない状況なのだ。ビールの製法自体はマナステラのノンヒュームにも通知はされたが、具体的なノウハウを身に着けた者は少なく、何よりも肝心なホップの量が――各地で増産が急がれてはいるが――全く足りていない事もあって、事実上ビールの供給はドラン――とクロウ――が一手に引き受けている実情である。マナステラを優遇などできる訳が無い。
足りない分はどうするかと言えば、これはエールで代用するしか無い訳だが、幸いにして冷やしたエールもそれなりには美味かったので、ドワーフたち――これはマナステラだけでなく、イラストリア各地に在住するドワーフも、ついでに言えばヒューマンの呑み助も同じ――も一応は温和しくしている訳である。無論その裏では、ビールの増産に関する嘆願が連絡会議に押し寄せているのであるが。
理由を掴めず困惑するマナステラ中枢部であったが、その理由を探り出そうとしたところで、ドワーフたちの断固たる拒否に遭う羽目になった。これ以上煩く嗅ぎ廻るようなら、自分たちはこの国を出て行くぞ――とまで言い切られては、さすがにマナステラも震え上がらざるを得ない。ノンヒュームとの融和を国是としているマナステラにとっては、これは事実上の死刑宣告にも等しい。
この状況でマナステラの国務卿たちにできる推測といえば……
「ドワーフたちは自家用の冷蔵箱を入手したのか?」
――という、当たらずといえども遠からずといったものであった。
「冷蔵箱自体には、特に魔導の技術は使われていないらしい。ドワーフなら自力で作り上げる事も、不可能ではないかもしれんな」
ここでその冷蔵箱自体が、実はエルフを介して酒造ギルドに持ち込まれた技術であったと知れば、国務卿たちも心穏やかではいられなかっただろうが……幸か不幸かその情報は、マナステラに届いていなかった。
「その仕組みは、イラストリアの酒造ギルドが秘匿しているようだが……わが国でも工夫次第で似たようなものを作り上げる事は可能だろう」
「それもだが……氷室の整備ぐらいは手を着けてもいいのではないか?」
「確かにな。イラストリアの状況から判断するに、冷蔵の技術は今後更に重要性を増しそうな勢いだ」
――と、割と建設的な方向で意見が纏まりかけたところで、
「……そう言えば……ドワーフたちはどうしているんだろうな? 氷」
「――何?」
「氷だよ。冷蔵箱は自力で作ったとしても、中身を冷やすには氷が必要だろう?」
「それは……氷魔術を使える者の協力を仰いだのではないか?」
「まぁ、そういう事なんだろうが……」
そこはかとなく割り切れぬ思いを抱く国務卿たち。
「……その辺りのノウハウも含めて、連絡会議から情報を得たのかもしれんな」




