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第二百二十一章 お菓子とビール 6.マナステラドワーフ事情(その1)

「九の月とは言うものの、まだ暑いのぉ」

「まったくじゃ。じゃが、そのお蔭で冷やしたビールが美味いちゅうもんじゃ」



 ――などと()()わしながら、ゴッゴッゴッと快音を立ててビールのジョッキを傾けるドワーフたち。この頃の王都イラストリアでは、時折見かけるようになった光景である。

 それというのも、イラストリアの国王府と酒造ギルドが、その(メン)()に賭けて冷蔵箱(アイスボックス)と氷室を普及させた結果であった。

 その功績と影響は凄まじく、食料品の長期保存が可能になったため、物流網や品揃えは言うに及ばず、家庭用の冷蔵箱(アイスボックス)を購入できるようなやや裕福な者を中心に、買い物のスケジュールまでが大きく見直される事になった。そのために王都だけでなく、生鮮食料品の調達範囲が大きく広がった事によって、近郊の農家などにも無視できない影響があったのだが……


 やはり庶民目線で大きく変わったのは、夏のコールドドリンクの流行であろう。


 五月祭の出店でノンヒュームたちが供したコールドドリンク、あれに心を奪われた者は少なくない。国は賞味期限や輸送距離の延長に目を向けていたようだが、国民たちは――酒造ギルドの思惑(おもわく)どおりに――冷やした飲みものに飛び付いたのであった。

 冷えたビールに舌鼓を打つドワーフたちだけでなく、ノンアルコールのコールドドリンクというものが市場を席捲(せっけん)するようになり、前述のような光景が――ヒューマンであるとノンヒュームであるとを問わず――王都イラストリアの彼方(かなた)此方(こなた)で見られるようになったのである。……そう、王都イラストリアでは。



・・・・・・・・



 何かと羨ましい隣国イラストリアの冷蔵箱(アイスボックス)無双を眺めながらも、マナステラの国務会議は珍しく静かであった。いや……平静というのではなく、困惑に近い状態なのであるが。


 困惑混じりとは言え平静に近い状態を保っていられるのは、一つには(くだん)冷蔵箱(アイスボックス)がエルフ経由でもたらされたと知らないせいもあるが、同時にその冷蔵箱(アイスボックス)の技術が魔法絡みではなく、単なる工夫によるものと思われているせいもある。それなら(いず)れ自分たちでも、再現可能な筈ではないか。

 では、平静でありながらも、そこに困惑が混じっている理由は何かと言うと……



「……なぜ、ドワーフたちはあぁも温和(おとな)しいのだ……?」



 ――これに尽きる。


 酒に関わる事となると、仮令(たとえ)ドラゴンを向こうに廻してでも(ひる)まないのがドワーフである。隣国イラストリアにビールを冷やして飲む技術が有り、ここマナステラにそれが無いとなれば、大挙してイラストリアに移動するか、仲間を糾合して国王府に殴り込みでも仕掛けるのがドワーフではないか。



「……なのに……ドワーフたちは騒ぐ様子を露ほども見せん。……これは怪しい」



 ――という結論になるのは当然であった。


 実のところ、マナステラのドワーフたちが〝我らに冷えたビールを与えよ〟と騒ぎ出さないのは、ごく単純な理由によるものであった――既にそれを入手しているという。


 ()(てい)に言えばドワーフたちは、連絡会議――その実はクロウ――から入れ知恵された、硝石を使っての冷却技術を既に自家(じか)薬籠(やくろう)(ちゅう)のものとしていたのである。


 ドワーフたちがこの技術を獲得するまでのあれやこれや――ドワーフたちが厳冬の()(なか)(こぞ)って旅に出たり、ドワーフたちが突如として園芸熱に目覚めたり、その関連なのか肥料を探し始めたり、それらを怪しんだ王国や商業ギルドが探りを入れたり、それに対してドワーフたちが反撥して一触即発の事態になったり――はここでは論じないが、ともかくそういった苦難を乗り越えて、ドワーフたちは見事硝石の入手に成功していたのであった。


 ――それだけではない。


 冷えたビールを求めるドワーフたちの熱意は、単に硝石による冷却技術の実用化だけに留まらず、より効率的な冷蔵が可能な容器――蓋のできるガラスの水差しのようなもの――を開発するところにまで及んでいた。

 炭酸ガスを(じゅう)(てん)した瓶ビールの開発はまだ道半ばであるが、炭酸ガスの有無を問題としない酒を冷やすのであれば、水差しでも()して問題ではない。肝心のビールを冷やすのには、まだ小樽もろとも冷やすという非効率な方法を採らざるを得なかったが、何れビール瓶――もしくは、冷却効率の良い容器――に入ったビールの供給が可能になるだろう。今はそのための技術を育むべき時だ。


 ガラス容器自体は既に存在していたとは言え、それを庶民レベルに普及させるところにまで量産の技術を進めたのであるから、ドワーフたちの執念も凄まじいと言える。(もっと)もこれには(から)()りがあって、ドワーフたちの献金と連絡会議からの補助金が費用として提供されたために、ドワーフたち――と、一部のノンヒューム――に(ようよ)う行き渡ったというのがその真相であった。さすがに一般大衆にまで普及させるほどの低コスト化は――まだ――難しいようであるが、酒に関わる技術となると決して妥協しないドワーフたちが闘志を燃やしている上に、クロウからも技術的なアドバイスが下りてきているため、ビール(びん)の普及もそう遠い事ではあるまいと(ささや)かれている。


 ()にも(かく)にもドワーフたちは既に冷却の技術をものにしており、それがためにマナステラでもドワーフたちは動揺する様子を見せなかったのである。


 ――そして、これが不審の第一歩であった。

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