第二百二十一章 お菓子とビール 4.冷菓戦国時代(その4)
死霊術師シリーズ最新作「屍体たちの告発」、本日21時頃公開の予定です。宜しければご覧下さい。
「……冷蔵箱の運用開始で、一部の住民がコールドドリンクを自作する可能性は考えていたし、それが砂糖の売れ行きに関わってくるだろう事も読んではいたが……」
氷そのものが売り物になる可能性までは考えていなかった。
「……で……話の続きですが……」
「まだあるのか!?」
「はい。まだまだ序の口です。……続けますか?」
上司の健康を気遣うような部下の口ぶりと視線が気になったが……覚悟を決めた上司はその台詞を口にした。……後で薬を飲んでおこう。
「……続けてくれ」
「……では……最初に『搗ち割り氷』を売り出した件の商人ですが、どうも最初からこの展開を予測していたらしく、次の一手を放ってきました。……砂糖水をかけた『搗ち割り氷』だけでなく、果物を煮詰めたソースをかけた『搗ち割り氷』を売り出した訳です」
「――! 果物の消費量が急に上がったと報告があったのは――それか!?」
「はい。お蔭でこの商人は、今や『搗ち割り氷』の本家本元として、押しも押されもしない地位を築いています」
「何て事だ……」
「ですが……最近になってこの地位を脅かす者が現れまして……」
「何だと……?」
部下の発言は、事態が更に好ましからざる方向に――いや、住民たちにとっては好ましい方向なのであろうが――進んでいる事を暗示していた。知恵を絞って立案した食料の調達計画が、こうも早々に破綻しかけるなど、商務部としては願い下げなのであるが……
「……続けてくれ」
「はぁ……どうも五月祭での綿菓子を見た事のある者がいたらしく、それと『搗ち割り氷』を結びつけて考えたようです」
「おぃ……まさか……」
「はぁ。砕いた氷の代わりに、雪にシロップをかけたらどうなるのか――と」
収拾の付かない事態を期して、思わず天を――実際には天井を――仰いだ上司であったが、
「いえ……幸か不幸か、そこまでの騒ぎにはなっていません。ただの氷を作るのとは違って、魔法で雪を生み出すのは大変なんだそうでして。……今のところ、客層は富裕な者の一部に留まっているようです」
「……今のところは」
「えぇ、今のところは」
後日になってこの話を耳にしたクロウが、事態がそこまで進んでいるならいずれ登場するだろうからと、連絡会議に欠き氷機を提供する事になる。尤も、さすがにプラスチックをふんだんに使った製品は出しかねたと見えて、古めかしい鋳鉄製……の実物は高かったので、クロウの魔術で似たような形に作製したものを供したのであったが。
現物を見たホルンたちは驚愕したが、今の時点でこれを表に出すのは悪手と判断。ドワーフたちに連絡を取り、密かに増産を進める事にした。場合によっては綿菓子に続く第二弾として、次の五月祭で御目見得させる事になるだろう。
それはともかくとして……今は商務部の話に戻るとしよう。
「それで……この一連の騒ぎを別な視点から眺めていた者がおりまして……ノンヒュームたちがまたしても引き摺り込まれる事に……」
「おぃ待て、ノンヒュームたちがまたぞろ何かやらかしたのか?」
「いえ、今回はそうではなくて、純粋に巻き込まれただけです。……まぁ、自業自得という面もありますが……」
どういう事かと言うと……搗ち割り氷や欠き氷にかけるシロップとして、「コンフィズリー アンバー」で売っているジャムが打って付けなのではないか――と、気付いた者がいたのである。
この発案者は商人ではなかったため、件のアイデアを「元祖・搗ち割り氷」として名高い商人のところに持ち込み……
「……ノンヒュームの菓子店に再度客が殺到する事になったわけか……」
「はい。『搗ち割り氷』くらいなら自宅で作れる者も、少数ながらおりますし、そういった者の大半は懐に余裕がある訳で……」
「金に飽かせてジャムを買い漁ったと」
「あ、いえ。さすがにそんな真似をすれば、王都住民に袋叩きにされるのは明白ですので。比較的温和しめな範囲に収まったようですが……それでも結構な人数が押し寄せて来たらしく……」
「あっちはあっちで大変だな……」
――上司氏の言うとおりであった。
対岸の火事とばかり気楽にのほほんと眺めていたら、いきなりジャムを求める客が殺到したのであるから、店員たちが驚いたのも無理はない。事情を探らせたところ前述の理由に辿り着いたのであるが、店としても連絡会議としても、追加分を発注する以外に手の打ちようが無い。斯くして、ノンヒュームたちが時ならぬ追加労働に明け暮れる羽目になったのである。




