第二百二十一章 お菓子とビール 3.冷菓戦国時代(その3)
最初に動いたのは、氷室が完備している王都イラストリアの商人であった。
魔導通信機でシアカスターでの一件を――絵看板の効果も含めて――知ったその商人は、迷う事無くカットフルーツの王都販売に踏み切ったのである。……腹の立つ事に、〝シアカスターで大人気! カットフルーツ冷えてます!〟――という煽り文句を添えて。
この国で「シアカスター」と言えば、それはノンヒュームの菓子店「コンフィズリー アンバー」の事だと、理解できない王都民はいない。好奇心に引かれた客がたちどころに集まり……そして冷やしたカットフルーツに舌鼓を打った。
――その後はご想像のとおりである。
そして……この手の事態が想像を遙かに超えたところに波及するものだという事もテンプレのとおりであって……
「どういう事だ!? なぜ王都から果物が消えるなんて事が起きた!?」
「カットフルーツのせいです! あのせいで果物の消費がとんでもない事になって……」
「王都だけじゃありません。カットフルーツ熱は周辺の町にも拡がりを見せています。それを見越した商人たちが、果物をそっちに転売したせいで……」
「一部の店では、カットしていない丸のままの果物まで、冷やして売る事を始めています。……その……こちらも評判が良いようで……」
「直ぐに追加分を手配しろ! このまま果物が品切れなんて事になったら、下手をすると暴動が起きかねん!」
「まさか、そこまでの事は……」
「去年の五月祭、リーロットで何が起きたのか忘れたのか? ……解ったらさっさと動け!」
割を喰った――或いは不意打ちを喰った――のは王国商務部の面々であった。
一世一代――と、本人たちは思っていた――の大事業たる冷蔵箱と氷室の導入も恙無く済み、後は問題点を洗い出して対処するだけ……と気楽に構えていたところが、いきなり大の字が付く問題に見舞われたのであるから、そりゃ文句の一つも言いたくなる。
公人としては万事の元凶たるノンヒュームを呪いたくなるが、その一方で私人としてはカットフルーツに舌鼓を打っており、美食の源泉たるノンヒュームを言祝ぐに吝かでない。人間とは斯くも複雑な生き物なのであった。
幸いにして、事前に食料調達の範囲を見直して然るべく対処を施していた事もあって、果物の供給は直ぐに再開され、王都の民も落ち着きを見せた。
しかしながら商務部の心境はと言えば、これは落ち着くどころの話ではなかった。
それというのも、王都の民がカットフルーツの不足に対して騒ぎを起こさなかった理由の一つが、〝カットフルーツ以外のものにも心を奪われた〟からである。問題が一点に集中しなかったのは吉報であるが、代わりに複数の地雷を抱え込む事になった。
しかも、新たに出てきた地雷はノンヒュームたちとは何の――と言えば言い過ぎかもしれないが、少なくともほとんど――関係の無い、はっきり言えば自分たちの見落としが原因であったのだから、これは心穏やかでいられよう筈が無い。
――では、斯くも王国商務部を惑乱させた後続弾とは何なのか。
・・・・・・・・
「……搗ち割り氷?」
「はい。最初は氷室の番をしていた者が思い付いて、こっそり氷をちょろまかして楽しんでいたようです。目敏くもそれに気付いた商人がおりまして」
「おい……まさか……」
「いえ、さすがに氷室の氷を横流しするような真似はしなかったようです。腐っても国軍の兵士ですから」
最悪の事態は免れたかと安堵する上司であったが――話はこれからが本番である。
「で、件の商人が思い付いたのが、お抱えの氷魔術師に氷を作らせ、それを冷蔵箱に保管しておくという……まぁ、シアカスターの連中が始めた方法ですな。王国としても計画はしていましたが、民の方が機を見るに敏であったようですな」
「……まぁ、実地試験だと思えばいい。……続けてくれ」
「はぁ。で、この商人が考案して売り出した『搗ち割り氷』ですが、単に作った氷を細かく砕いて、その上から砂糖水をかけただけの代物ですが……」
「……売れたのか?」
「はい。この商人の知恵が回るところは、町の中で売ったのではなく、町に至る街道筋に店を出した点でしょう」
「……炎天下の街道を遙々歩いて来た連中に売り付けたのか……さぞや大商いができたろうな……」
「歩きの旅人だけでなく、騎馬や馬車の連中にも売れたそうですがね。ともあれ、そうした連中からの話を聞いた王都民が――」
「……今度は自分たちも買いに出たと。……成る程……王都にやって来る連中を客引きに使ったか」
「――で、それを見た他の連中も真似を始めた訳でして。何しろ原料は氷と砂糖水です。氷魔術師に払う日当を別にしても、費用対効果は恐るべきものでして」
「う~む……」
ノンヒュームたちに責任が無いと断じかねる理由の一つが、搗ち割り氷にかけられている甘いシロップにある。ノンヒュームによる砂糖の廉価販売無かりせば、このシロップは実現不可能であったろうし、そうであれば搗ち割り氷もここまで売れなかったであろう。




