第二百二十一章 お菓子とビール 2.冷菓戦国時代(その2)
嘗てローバー将軍が懸念していたように、良い稼ぎになりそうだと判断した魔術師の多くが氷魔法に転向した結果、氷室の無い町でも――冷蔵箱さえあれば――コールドドリンクを楽しめるようになったのだ。
確かに氷魔法はものを冷やし続けるのには向かないが、冷蔵箱に入れる氷を作り出す事はできる。そして、この二つが揃いさえすれば、コールドドリンク特需に乗る事ができるのだ。
斯くしてここシアカスターの町でも、氷室が無いにも拘わらず、コールドドリンクビジネスは隆盛を極めていたのである。
……そんなシアカスターの民の前に、冷やした果物の佳味や口果報など知り得なかった民の前に、新たに冷やしたカットフルーツをぶら下げる?
……暴動に至らなかったのは偏に、リーロットでの閉店騒ぎの事が広く知られていたお蔭であろう。
「コンフィズリー アンバー」を呑み込みそうな客の群れの原因となった発案者のその後についてはここでは割愛するとして、「コンフィズリー アンバー」の繁盛ぶりを見た目端の利く店主――一説には「コンフィズリー アンバー」を援護しようとした義侠心に溢れる店主とも言われるが、確かにこっちの見解も相応以上の説得力がある――は、挙って同じようなカットフルーツを売り出したのであったが……遺憾な事に、先行者である「コンフィズリー アンバー」ほどの売れ行きには恵まれなかった。言い換えると、「コンフィズリー アンバー」の混雑振りは緩和されなかった。
この点に関しては、どうやらショーケースの存在が大きかったらしい。
何しろ「コンフィズリー アンバー」のショーケースは、開き直ったクロウ直伝のクリスタルガラスでできているから、透明度の点では折り紙付きである。そんなショーケースの中に、瑞々しいカットフルーツが、見た目も涼やかに美味そうに鎮座しているのだ。購買意欲を刺激しない訳が無い。
これに加えて、「コンフィズリー アンバー」の店内自体が涼しいため、客は心地好くリラックスして商品を見て廻る事ができた。炎天下の店頭で、しかもフルーツの鮮度保持のために外に出しての展示が難しい他店とは、雲泥の差が生じざるを得ない。
なお余談ながら、「コンフィズリー アンバー」店内の快適さを高めている冷房技術であるが、実は魔法による部分はそれほど大きくない。基本的には屋根や壁からの蒸発熱による冷却を効果的に使っているのはここだけの話である。
話を戻して――店の混雑と緊張が一向に緩和されない状況に業を煮やした「コンフィズリー アンバー」は、連絡会議に助けを求めた。が、連絡会議とてそうそう上手い知恵が浮かぶ訳も無く、例によって例の如くクロウに泣き付く羽目になった。
難題を振られたクロウが暫し考えた後で提案したのは――
〝商品見本……〟
〝……ですか?〟
〝あぁ。話を聞いた限りでは、他店のアピールが足りてないのが、客を集められない一因だと思う。なら、客を呼び込めるよう手助けしてやればどうかと思ってな〟
そう言ってクロウが持ち出したのは、以前に好奇心から買い求めてそれっきりになっていた、幾つかの食品サンプルであった。生憎カットフルーツは無かったが。
〝しかしこれは……随分と精巧な……〟
〝うむ。とてもじゃないが一朝一夕には用意できんぞ?〟
〝かもしれんが、代わりにデカデカと絵でも描いた立て看板なら作れるだろう? そいつを掲げてやるのはどうかと思ってな〟
〝あ……成る程……〟
〝試してみる価値はありますね〟
最終的にはこれらの絵看板が功を奏して、待ちかねていた客の一部が他店に流れる事で、「コンフィズリー アンバー」の混雑は漸く緩和された。そうしてシアカスターの町は平穏を取り戻したのである。
……そう、〝シアカスターの町〟は――
クロウや連絡会議の面々が読み切れなかった――或いは目を逸らしていた――のは、他の町に対する影響である。〝一波纔かに動いて万波随う〟と云うが、恰もそれを地で行くような動きが各地で見られたのであった。




