挿 話 自白剤
実は今回の挿話は、読者の方からのコメントに触発されてできた話です。
マンションの自室でパソコンを前にしてクロウは考え込んでいた。
(やっぱり自白剤の安定した入手は難しいよなぁ……)
切っ掛けとなったのは亡命してきた貴族の少年マールに自白剤を使った事である。少年の意図が判らない状況――テロリストが時に子供を利用する事くらい、クロウ、もとい日本人である烏丸良志は知っている――では、自白剤を使って事実を確認する必要があった。その事自体は別に後悔していない。問題は、今後子供に自白剤を使わざるを得ない状況――そんな状況に陥らない事を祈ってはいるが――になった時の事である。ノーランドの国境監視部隊の兵士を訊問した時に自白剤を使用して経験を積んでいたのと、錬金術師としてのスキルから、マールに対して自白剤を使用する時も後遺症の残らない量は把握できた。しかし、今後を考えれば、効果の高いものと同じくらいに安全性の高い自白剤も必要になってくる。それをどうやって入手するかが、クロウの目下の悩みであった。
(どうやっても非合法な代物だしなぁ……購入するのも盗むのもヤバい橋を渡る事になる。いっそ、自分で作るか?)
錬金術師としてのスキルがあれば、一度自分で作った薬は簡単に作る事ができる。また、自分で作った事が無くても、手順さえ解っていれば比較的簡単に作る事ができる。ネットや雑誌を駆使して調べれば、例えばア○バル○タールの合成手順くらいなら――ごく簡単な記述であれば――知る事は不可能ではない。問題は……
(必要な材料――エチルマ○ン酸ジエチルとかナトリウムエ○キシドとか――どうやって手に入れろってんだ……)
そこから合成するとなると面倒だし、購入するのは可能かもしれないが目立つのも事実である。危ない橋を渡りたくないクロウとしては、できれば避けたい選択肢であった。
(……やっぱり、異世界の不思議薬草に頼るかなぁ……。爺さまにでも相談してみるか)
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『自白剤?』
『あぁ。自制心が緩むっていうか、隠しておきたい事なんかも、聞かれたらベラベラと喋るようになる薬なんだが……』
『うむ、それならあるのう』
あるのかよ!
『俗に「不和の種」と呼ばれておるやつじゃ。恋人の浮気を疑った者などがよく使うでのぅ。しかし、お主の言うておるような使い方ができるかどうか……』
『……何か問題でもあるのか?』
『マスター、アレって、凄ぉ~く臭いんです』
キーン……お前、食べた事があるのか……。
『キーンの言うとおり、アレは途方もなく臭い代物じゃ。それだけで無うて、数が少ないのでな』
爺さまが言うには、「不和の種」というのはある種の果実なのだが、一度に実る果実が少ないため、個人で利用するくらいならともかく、大量に収穫するのは難しいだろうという話だった。ただ、ハイファやウィンに言わせると、栽培は可能かもしれないとの事だった。
『薬として使う技術は確立されていないのか? 軍が使用する場合とか?』
『なんでそんな面倒な事をする? 拷問した方が早いじゃろうが』
爺さま……。
『……おい、言うておくが、儂の考えではないぞ。一般の兵士はそう考える、という事じゃからな』
必死になって打ち消して……。
『じゃから、違うと言うに!』
(とにかく、その「不和の種」とやらの実物が手に入らない事には始まらないな)
『その「不和の種」とやらはどこで手に入るんだ?』
『……儂の扱い方がどうにも釈然とせんが……まぁ、そういった類の薬じゃからな、大っぴらではないが薬屋には売っておろうよ。野生のものは、今は時期ではないしのぅ、生っておらんじゃろう』
『薬屋で入手するしかないか……また変装していかなきゃならんが……面倒な』
『うん? なぜじゃ? お主は依頼で様々な薬草を集めておるのじゃろう? 堂々と買いに行けばよいではないか』
『……それもそうか』
爺さまのアドバイスに従って、薬屋で購入する事に決める。どうせなら他にも色々と買い込んでこようか。出かける先はエルギンでいいだろう。あそこの薬屋は薬草をいい値で買ってくれたし、ある程度の事情――依頼で薬草を集めて云々――は話してあるから、色々と怪しげな薬を買い込んでも、まぁ納得はしてくれるだろう……多分。
エルギン版の変装をして、いざエルギンへ出陣。
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エルギンの薬屋では拍子抜けするほど簡単に「不和の種」を買う事ができた。結構需要はあるらしい。ついでに、店頭に並んでないような薬石薬草を色々と買い込んできた。各々についてできるだけ詳しい解説を聞き取ってきたのは当然だ。その中で注意を引かれたのは、問題の「不和の種」の解説。店主と俺の間に以下のような遣り取りがあった。
「……でな、そのままだと臭いが酷ぇから、香りのつよい料理とかに混ぜて食わせんのよ」
「摂り過ぎた場合に、健康上の被害とかはあるんですか? 命に関わるとか……」
「んなもなぁ無ぇよ。多い方が効くだろうって入れ過ぎたやつが、臭いでばれるくれぇだ」
「……くどいようだけど、本当に過剰摂取による被害は無いんですね?」
「あぁ。俺もこの商売は長ぇからな。確かだと請け合えるぜ」
これはちょっとおかしい。俺の知っている向精神薬は、摂り過ぎると色々と危ないものが多かった。地球世界で自白剤に使われた薬は、摂取量を間違えると命に関わってくるようなものばかりだった筈だ。こっちの人間が地球人より頑丈なのか……それとも成分が違うのか。
……調べてみる必要があるな。
錬金術で成分を分析――もはや人間マイクロアナライザーだな、俺――してみる。大体どの成分がどういう効果をもたらすか判るので、そのスキルを使って有効成分を絞り込んでいくと……
……これか。分子構造は、炭素原子が十一、水素原子が十八、窒素が……地球世界のアモ○ルビタールに似ているが、少し違うな。誘導体ってやつか? だが、この程度の違いが致死量――死ぬのに必要な量――を劇的に上げるとは思えないんだが……。
……そう言えばもう一つ、よく判らない化合物が含まれていたな。こいつの効果は……うん? これが妙な効果の原因か?
体内に吸収された時に分解されて、アモバル○タールの過剰な作用をブロックする……って、どんだけ便利な物質だよ!?
……コレ、絶対に地球世界に持ち込めないな……。
結果的に、この時抽出した物質を元にして、比較的安全性の高い自白剤(異世界版)を作る事ができた。原料となる「不和の種」は、ダンジョン内で栽培が可能だったので、洞窟内の一角を畑に変えて、ハイファとウィンに栽培してもらっている。
もう一話投稿します。




