第二百二十章 残響そこかしこ 2.隠者の洞窟(その2)
――さてどうしたものかと、一同思案していたところへ、
『僭越ながら、陛下のお力を以てすれば』
『この場所を取り囲むように迷いの陣を張り』
『人が近づけぬ結界となす事も可能ではないでしょうか』
『ふむ……』
「スリーピース」の提案には、クロウも心当たりがあった。イラストリア-マナステラ-モルファン三国の国境に位置するダンジョン、「迷いの森」の事だろう。
森全体を幻惑の陣が覆い、しかも随所に転移トラップが仕掛けてあって、森の中に迷い込んだ者は、気付かぬうちに地下の階層に飛ばされ迷い果てた挙げ句、森から叩き出されるようになっていた。
そのギミックに甚く感心したクロウは、自分のダンジョンでもその手法を採用している。その好例が「間の幻郷」であった。
『悪くはないと思うが……ただなぁ……それだと不審を買うのは避けられんぞ?』
恐らくこの場所の存在は、最寄りの村にも知られている筈。それがいきなり接近不能となれば、過日の百鬼夜行騒ぎに関連付けられるのは間違い無い。多少の時間稼ぎにはなるかもしれぬが、逆に一旦疑われてしまえば、その疑いに確乎たる根拠を与える事にもなる。
『まぁ……最終的に人の接近を排除できるというのは好いんだが……』
他に代案もなければこれにするか――となりかけたところで、
『ご主人様……知らんぷりを……しておくというのは……駄目でしょうか……?』
『知らんぷり?』
ハイファの問いかけに面食らったクロウであるが、能く能く話を聞いてみると、
『成る程……精霊門自体は地下に開設して、そこから洞窟の様子を窺う……ハンスが提案した「休憩所」と同じような扱いにする訳だな?』
『はい……一時的な……滞在なら……放って置けばよし……長居を決め込み……なおかつ……他人との交流を絶っている……ようなら……』
『片付けたところで騒ぎにはならん――か……』
些か物騒な話ではあるが、必ずしも殺す必要は無い。麻酔薬か何かで眠らせておいて、遠くマーカスかヴォルダバン辺りに放逐するという手もあるではないか。
『ここを開拓キャンプか何かに使われた場合が面倒だが……その時はどのみち実力行使に出るしか無い。……何の問題も無いな』
――という次第で、ハイファの提案が採択される運びとなった。
精霊門自体は地下に造るが、小さな通路を介して洞窟とも地上とも接続している訳だし、精霊たちが利用する分には問題無い。
ただしそうなると、ここを人間が利用する場合も想定して、通路や出入口を設置する必要がある。ならば周辺の視察は不可欠――という訳で、クロウたち一同はうち揃って洞窟周辺の視察に出向いた訳であるが……
(……これはまるっきりの自然植生じゃないな……?)
クロウは大学時代に生態学教室の変わり者から、里山植生や半栽培についてのレクチャーを受けた事がある。野生植物の中でも利用価値の高いものを選択的に残す、或いは適度に管理する事で、植生を利用価値の高いものに改変する事があるのだそうだ。救荒目的の植物を移植だけして、後は自然に増えるに任せるような事もあったらしい。
そして――そういう視点で洞窟周辺の植生を【鑑定】してみると、食用となる種類が多い事に気付く。
『……言われてみれば、そうね……』
『日当たりを好くしようとしたのか、高い木が不自然に欠けた場所もありますな』
『食べられそうなものが、沢山ありますよね』
そこに生えていたものの中に、クロウの琴線に触れたものが幾つかあったのだが……これはまた別の話になる。
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『ところでクロウ、この場所は何ていう名前にするの?』
『そうだな……隠者の洞窟とでも名付けるか』




