第二百二十章 残響そこかしこ 1.隠者の洞窟(その1)
『成る程、確かに人の住んでいた痕跡があるな』
クロウが眷属たちと訪れているのは、ネジド村の後背部に位置する山……別の言い方をすれば、「怪異」が分け入った事になっている山である。
なぜにクロウがその山を訪れているのかというと、実は精霊たちがもたらした情報が切っ掛けであった。
クロウに蹤いて――と言うか、クロウの仕掛ける悪戯が楽しみで――遙々イラストリアからここイスラファンまでやって来た精霊たちが、緑豊かなネジド村界隈の環境を気に入って飛び回っていたところ、地元の精霊たちと出会ったのである。
異郷の同族の訪問に驚く地元の精霊たちに事情――最も力を入れたのは、クロウが仕組んだ怪異の話――を説明しつつ、互いの近況などを語り合っていた中で、隠者が隠れ住んでいたという洞窟の事を聞き出したのである。
その結果、精霊たちからの注進を受けたクロウが眷属共々現場に出向いて、実地検分という次第に相成ったのであった。
『埃が積もっている様子を見ると、今現在ここを利用している者はいないようだが……』
生者は利用していないとしても、死者はどうなのか。急遽呼び寄せたノックスとネス――前者は元・聖職者のアンデッド、後者は【死霊術】の心得あり――に探ってもらったが、特に怨霊が取り憑いているという事も無いようだ。
『ふむ……山奥過ぎて立ち寄る者もいないようだが……』
クロウは考える。
人の往来を拒むように隔絶された山間の地であるが、水場などもあちこちに点在しており、決して住みにくい場所ではない。山賊などが隠れ住んでもおかしくなさそうに思えたのだが、山奥過ぎて追い剥ぎ稼ぎの場所に通えないというのがネックらしい。
その一方で、緑豊かにして風光明媚な環境は、隠棲の場としては打って付けに思える。
『草木も多いし周辺の魔力も濃いし、精霊たちには居心地が好いわね』
『精霊門の場所としては打って付けという訳か』
ヤルタ教が余計な事をしたせいで――註.クロウたち視点――ベジン村が目立つ羽目になり、朽ち果て小屋の精霊門は少し使いづらくなった。まぁ、代わりに諜報拠点としての重要性が高まったとも言えるのだが、精霊門として使いづらくなったのは事実である。
その代わりとして、ここに新たな精霊門を設置する――という考えは、精霊にとってもクロウにとっても悪くないように思えた。元々朽ち果て小屋という場所は、人が寄り付かないという一事を以て精霊門に選ばれたのだ。周辺環境という点から見ると、木を伐り過ぎて荒廃地となっていた朽ち果て小屋は、精霊たちにとって居心地の好い場所ではなかった。だが、ここなら……
『水場も木蔭もあって風通しも好いし、洞窟があるからあたしたち闇精霊も寛げるだろうし……文句の付けようが無いわね』
実際に、今も多くの精霊が辺りを飛び交っている。
『なら、ここに精霊門を設置するか』
――という具合に話は纏まったのだが、一つ気になる点があった。
『時々人が来る事がある……というのはちと拙いな』
先に述べたように、人里や街道から隔絶し過ぎているという理由から、山賊などの塒にはなりにくいようだが、逆に人目を避けて隠れ住もうとする者には好都合な立地である。実際、以前に住んでいた者もそういう事情持ちだったらしいし。
『クロウの魔力でダンジョン化しちゃえば?』
『それだと逆に、ダンジョン目当ての冒険者を引き寄せる事になりかねん。あまり好ましい展開ではないな』
『でもぉ 万一の事を考ぇるとぉ』
『……ダンジョン化した方が宜しゅうございましょうな』
『むぅ……確かに』
ひっそりこっそりダンジョン化はしておくとして、人を近づけない算段はどうするか。ダンジョンである事を明かすのは拙いとなると……
『ここでもヒャッキヤコーっていうのをやっちゃう?』
何かを期待するようなシャノア――と、精霊たち――であったが、
『……いや。折角怪異が消えた場所を有耶無耶にできたのを、この場所だと特定させるのも面白くない。……冒険者ギルドが調査員を寄越すかもしれんしな』




