第二百十九章 ベジン村異変(笑) 13.ベジン村「発」百鬼夜行~終幕(その2)~
「何でもな、行商人がここへ来る途中の道で、妙な坊さんがしゃがみ込んでるのに出会したってんだ。そろそろ日が落ちるって頃で、顔とかは能く判らなかったらしい」
使いの男二人は神妙な顔で話を聞く。自分たちの身に起こった事を考えると、きっとこの後で……
「でな、声をかけようかと思ったところで」
「「――ところで?」」
「……坊さんが立ち上がったんだそうだ。意外に背の高い坊さんだ――なんて思ってられたのは僅かの間でな、坊さん、どんどんどんどん背が伸びて、終いにゃ見上げる首が追っつかなくなって、後へ倒れ込んじまったってんだ」
「「………………」」
「でな……慌てて起き上がってみると、坊さん、影も形も無かったんだとよ」
勘の良い向きはお察しであろうが、これは日本の各地で言い伝えられている「見上げ入道」或いは「見越し入道」という妖怪を真似たものである。
クロウが思い付いたのはいいが、演じるに適当な者がいないとしてお蔵入りになりかけたのを、闇魔法や幻術にも長けたネスがその役目を買って出て、ノリノリで演じたのであった。
「他には……あんたらが来る前、昨日の事だったか、どっからか大勢で笑う声が聞こえてきてな」
――という台詞を聞いた使いの二人が耳を欹てる。得体の知れない笑い声なら、つい先日ガット村でも聞いたばかりだ。説明を聞くと案の定、ガット村での笑い声と同じもののようであった。
「笑っている声だけで、姿は見えなかったんだな?」
「あぁ。あんだけはっきりと声が聞こえたんだ。一人や二人の笑い声じゃねぇ。笑ってるやつらの姿が見えたっておかしかぁねぇ……つか、見えなきゃおかしいんだが……」
「誰一人として姿が見えなかった――と」
「そういうこった」
――愈々以てガット村の時と同じである。
「……で……その声が聞こえたのは? 大凡の方角は判るか?」
「あぁ。山の方だったな」
「山の方……」
「聞いた感じじゃ、山の方へと遠離ってるみてぇだった」
――斯くして、ベジン村に端を発し、通りがけの駄賃にガット村を騒がせた怪異は、ネジド村をスルーしてその後の山へと去って行ったらしい……と、いう具合にこの話のオチが付けられた。クロウたちの思惑どおりである。
なお、余談となるが、クロウたちがネジド村の近くで仕掛けた怪異は、実はもう一つあった。
ナイハルからネジド村へと馬で向かっていた金貸しの前に、大勢の泥田坊を出して見せたのである。スケルトンたちに土魔法で泥の肉体を纏わせ、夕闇に光る一眼はスライムたち渾身の擬態であった。
数体が道の脇から姿を現し、口々に〝返せ、返せ〟と呪わしげに喚きながら立ち上がって見せたところが……何やら思うところがあったらしき金貸しは神速の勢いで回れ右すると、疾風の如く元来た道を駆け戻ったのであった。
呆気にとられた「泥田坊」たちを置き去りにして。
ちなみに、この金貸しはナイハルへ戻ると、前非を悔いて財産の一切を教会に寄進し、自身は清貧の生涯を送ったそうであるが……それはまた別の話になる。
――些か話が逸れたが……クロウたちが仕組んだ百鬼夜行の終焉の幕は、例によってクロウたちが予想もしなかった方向へと飛び火する事になった。
ヤルタ教の悪評が随所で囁かれるようになったのはクロウたちの思惑どおりであったが、それとは別に……
「……ベジン村の山からおん出た化け物どもは、遠路遙々ネジド村までやって来て、そこの裏山へ入って行ったってのか?」
「山から抜け出して山へ入った――って……一体何が違うんだ? ……同じ山じゃねぇのか?」
「……木……かな……?」
「「「――木?」」」
「あぁ。確かベジン村んとこの山は、ほとんど禿げ山に近かった筈だ。対してネジド村の裏山は……」
「あぁ……こんもりとした森が、青々と鬱蒼と茂ってんな……」
――という具合に、イスラファンのあちこちで緑地の、或いは緑化の意義と重要性が、地球世界の場合とはまた違った視点から論じられるようになったのであった。
クロウたちはまだそれを知らない。




