第二百十九章 ベジン村異変(笑) 11.ベジン村「発」百鬼夜行~ガット村(四の幕)~【地図あり】
「おぃ……何だか豪ぇ騒ぎだったみてぇだが……大丈夫か?」
「あ? あぁ……お前は確か……」
「ベジン村の者だ。ちょいと気になる事があったんで来てみたんだが……案の定か……」
訪問者の正体は、ベジン村の村人であった。
ベジン村でのグランドフィナーレの後、怪異の去って行った方角にガット村がある事に気付き、四日を費やして間道を抜け、警告にやって来た訳だが……惜しむらくは少々遅過ぎたようである。
そして……使いの男が漏らした一言が、甚く物議を醸したのであった。
「……案の定?」
「どういうこった!?」
「い、いやな……」
険悪な視線に取り囲まれた男は、ベジン村で起きた一件を報告する。元々ここへはそのために来たのだ。
「何だと……じゃあ、あの化け物どもを嗾けたのはお前らか!?」
「嗾けた訳じゃねぇ! やつらが消えた先がこっちだったから、心配して来てやったんじゃねぇか!」
「化け物を掘り出したなぁ貴様らだろうが!」
「それも俺たちじゃねぇ! 元々はヤルタ教の神官様が――」
「ヤルタ教?」
責任の擦り付け合い喚き合いは、訝しげな声によって遮られる。
「――今、ヤルタ教と言ったか?」
「あ、あぁ。言ったが……どうした?」
「いや、ヤルタ教って言えば、先日ここへやって来た行商人が……」
村を訪れる途中でクロウ演出の「饑神」に出遭い、その後平気な顔で食事を続けた肝の図太い行商人の事を、憶えておいでだろうか?
あの行商人はナイハルの町からこの村へやって来た訳だが、その彼が携えて来た世間話の一つが、ヤルタ教教主ボッカ一世が〝幻の革に呪われた〟一件であった。
少々時間を遡るが……ボッカ一世がクリムゾンバーンの革マント――の贋物――でアレルギー性の蕁麻疹を引き起こした一件は、何しろインパクトが大きかったせいで、直ちに商人たちの間に広まった。一説には商業ギルドが魔導通信機を使ってまで広めたのだと言われている。
イスラファンの主要都市にもこの情報は伝わり、件の行商人がこの話をガット村に持ち込んだという次第なのであった。ちなみに、ベジン村にはこの話は伝わっていなかった。
そして……この話を聞いた村人たちの反応は……
「……呪われた教主様?」
「ヤルタ教ってなぁ、そんな宗派なのかよ……」
「その糞坊主ども……今度は何を暴き出したってんだ……」
――と、斯様な具合に、全ての責任をヤルタ教に擦り付ける空気が醸成されたのであった。誰かに責任を押し付けるのなら、見知らぬ他人に押し付けた方が気が楽だ。それに第一ヤルタ教というのは、その責任を取らせるに相応しい連中のようではないか。
斯くして、イスラファンにおけるヤルタ教の悪名は、ここガット村とベジン村を中心に広がっていくのであるが……それはまだ少し先の話になる。
今ここで触れておくべきなのは……
「……何か言ったか?」
「いや……俺じゃねぇ……」
「けど……確かに……」
「あぁ……笑い声が聞こえた」
不安に取り憑かれた一同が辺りを見回していると、やはり、どこからともなく笑い声が響いてくる。それも……
「な、何だ?」
「一人や二人の笑い声じゃねぇぞ?」
「ど……どこから聞こえてんだよ……?」
四方八方から響き渡る笑い声。それ自身には邪悪な響きは一切無く、寧ろ天真爛漫な笑い声であるが……否、だからこそそれは、何か不吉なものとして聞こえた。
不安に慄き身を寄せ合う村人たちを他所に、今や高らかに響き渡る笑い声は、やがて一つの方向に去って行った。
その先にあるのは――
「……ネジド村……か?」
「あぁ……そうなるな……」
途方に暮れた一同は、それでもネジド村に急使を出す事に一決するのであった。




